800年の歴史を有する池泉回遊式庭園「積翆園」で知られる「フォーシーズンズホテル京都」。2024年4月、シェフにアルゼンチン人のセバスチャン・バルクデスを迎え、メインダイニングをステーキハウス「エンバ・キョウト・チョップハウス」にリニューアル。アルゼンチン起源の肉焼きと京都のローカリティが交わる美食体験とは?

牛肉好きの憧れ、アサードインスパイアの炭火焼き

好きな食べ物を訊かれたら、一も二もなく「牛肉」と、答える。パリでステークフリットを食べ、トスカーナでキアニーナのビステッカを食べ、国内でも黒毛和牛からあか牛、短角牛などあらゆる肉の塊をステーキで食べてきた。レストランでも、自宅でも。けれど、いまだ夢にとどまっているのがアルゼンチンのアサードだ。年間食肉消費量世界屈指の肉食大国・アルゼンチンで愛される、ガウチョ(牧畜民族)の料理に起源を持つ国民食。炭火の専用窯・パリージャで巨大な肉を豪快に焼き上げるYouTube動画を、これまでに何度再生し、赤ワインのつまみにしたことか!

そんな牛肉の国、アルゼンチンからシェフを迎え、アサードインスパイアのステーキを出すレストランがオープンしたと聞けば、いてもたってもいられない。場所は平重盛の別邸「小松殿」の園地として作庭された「積翆園」で有名な「フォーシーズンズホテル京都」内。

フォーシーズンズホテル京都のエントランス

ホテルのダイニングといえば、フレンチに中華、あとは和食か寿司か鉄板焼きかだった時代は、今や昔の話。ラグジュアリー系からブティックホテルまで、海外から経験豊かなシェフを招へいし、日本のレストラン文化を拡張するような店をオープンしている。「エンバ・キョウト・チョップハウス」もその系譜に名を連ねることになるのか。確かめるべく、京都へ向かった。

そして今回の目的地「エンバ・キョウト・チョップハウス」

ガストロノミーの技術・表現が生きたアペタイザー

初夏の京都は新緑がまぶしく、雅な庭園も生命力3~4割増しな印象で躍動していた。夕方が長くなりゆく時季の完璧な午後、まだ空の明るい18時からディナーがスタートする。テーブルサイドに現れたシェフ、セバスチャン・バルクデスはブエノスアイレス州のハーリンガム出身で、アラブ首長国連邦ドバイの一つ星「アル・ムンハタ」を筆頭に、ドーハやクアラルンプールのトップレストランで活躍した料理人だ。キャリアの初期に製菓についても学んだという、技術探求に余念のないシェフだが、アサードの魅力は「分かち合う、共に食を楽しむこと」だと話す。「今日、ここで私の料理をシェアし、体験を共有したらもう家族。それがアルゼンチン人にとってのアサードです」と、挨拶し、場を和ませた。

セバスチャン・バルクデス料理長

コースは、キャビアを楽しむ一口のアミューズに始まり、本鮪のタルタル、エンバクラブケーキ、カリフラワーの炭火焼とアペタイザーがシェアスタイルで供される。いずれもステーキハウスでは定番の料理、調理法だが、タルタルには木津川の「Farm 丘の上の風見鶏」の柑橘が効いていたり、クラブケーキも粉を使わずに仕上げたフレッシュな味わいだったりと、地産の食材やガストロノミーレストラン仕込みの表現が生きている。

本鮪中トロのタルタル

ミントヨーグルトソースで食べるカリフラワーの炭火焼は、ベジタリアン対応メニューで、メインディッシュともいえる満足感。

カリフラワーの炭火焼き

濃厚なロブスタースープを挟んで、いよいよメインディッシュの時間だ。

熟成と緻密な火入れで引き出すブランド和牛の味

ここで再びセバスチャンの登場、約30日熟成の近江牛のヒレ肉の塊を大事そうに抱えてテーブルに現れ、「大事な〇〇ちゃん」と紹介して笑いを誘った。

シェフのセバスチャン。熟成近江牛を見せながら「ぶどうと干しぶどうを思い浮かべて」と、ドライエイジドについてわかりやすく説明する

筆者はこれまでに、日本に輸入されている外国産の牛肉をはじめ、世界のさまざまな牛肉を食してきたが、食べるほどに黒毛和牛がどれほど特異なものかがよくわかる。以前、黒毛和牛をテーマにした取材で国内の和洋さまざまなレストランで料理人に話を聞いた際も、ある外国人シェフは「こんなに柔らかく、脂の甘い牛肉は食べたことがない」と目を輝かせていた。日本の高い畜産技術が生んだ牛肉の芸術品。セバスチャンも、心底それにほれ込んでいる様子が伝わってくる。味わいに加え、「世界各国で仕事をしてきたが、牛肉のトレーサビリティがここまで徹底している国は日本だけ」と、その生産流通の管理体制も賞賛した。

メニューに記されたのは滋賀県産近江牛のヒレ(〇〇ちゃん)、鹿児島産黒毛和牛のサーロイン、三重県産松坂牛のリブロースの3種。すべて黒毛和種だが、部位×産地でそれぞれのキャラクターがあり、それを引き出す火入れは緻密だ。食べた感じでは、鹿児島産黒毛和牛が、赤身の旨味を最も強く感じた。個人的には、アサードの国からやってきたセバスチャンが、アルゼンチン産牛に近い、赤身主体の肉を焼いたものを食べてみたかったが、それはまたの機会に。

滋賀県産近江牛のヒレ肉。非常に柔らかく、サシがきめ細やかで旨味が濃厚

実際、「エンバ・キョウト・チョップハウス」では、アメリカ産プライムビーフなども扱っているという。ともあれ、料理人のアイデンティティとレストランのある土地のローカリティの掛け合わせは、現代のガストロノミーにおいては不可欠で、その意味で、炭火焼き料理×黒毛和牛(をはじめとする日本と、京都の食材)をまず初めに、ということなのだろう。

ホテルダイニングの新しいスタイルの羅針盤になるか

ラグジュアリーホテルからブティックホテル、リゾートホテルまで、グローバルなキャリアを持つ外国人シェフを招へいしてオリジナリティのある食体験を提供するのは昨今の流れで、国内ではダニエル・カルバートシェフが率いる「フォーシーズンズホテル丸の内」の「セザン」が、世界でも高い評価を得ている。が、古都・京都とアルゼンチンのアサードインスパイアの炭火肉料理は、ひときわユニークさが際立つ。「エンバ」は「宴・炎・縁」と、3つの「えん」の意味が込められていて、思いはシェアスタイルの肩肘張らないサービスにも表れている。シェアスタイルもまた、ホテルダイニングのトレンド。「ホテル=ハレの場」という印象がまだまだ強い日本人だが、シェアスタイルのモダンガストロノミーが、その壁を破る一助になるかもしれない。日本人以上にホテルやレストランを能動的に使いこなすのが上手い外国人観光客らは、この新しいスタイルのユニークなレストランをリラックスして心から楽しんでいた様子だ。

ゲストルームの窓からも積翆園や京都市内の町並みを望める。写真はプレミアガーデンビュールーム

宿泊したプレミアガーデンビュールームは、長いアプローチが印象的で、約50㎡という広さがありゆったりと贅沢に寛ぐことができた。20mあるインドアプールは、しっかりスイミングを楽しめ、リラクゼーションスペースや温浴施設も備えるなど、多目的な造りになっている。スパトリートメント施設「THE SPA」も、京都の自然や伝統文化に根差した癒しと静寂のトリートメントメニューが魅惑的だ。「積翆園」の一角に設けられた茶室での茶道体験や、ラウンジバーでのアフタヌーンティなど、ここだけの文化、食体験も待つ。

メインダイのニング「エンバ・キョウト・チョップハウス」のテラス席。朝食もここで、「積翆園」の眺めとともに

ともあれまずは、「エンバ・キョウト・チョップハウス」を体験されたし。日本全国からのゲストも京都の人々も、諸外国からの観光客も、それぞれの立場から少しずつ異なる「異文化」を体験・共有できるグローバルなレストランは、これからのホテルではスタンダードになっていくのかもしれない。