スタイリング=櫻井賢之 撮影=長山一樹(S-14) グルーミング=HORI(BE NATURAL) 文=山下英介

たっぷりとしたボリュームと滑らかな生地によって生まれる美しいドレープ感が、今季の〝ダンヒル〟の真骨頂。ネックにスカーフをあしらったかのようなシャツも、実に優雅だ

マーク・ウエストンが描く新しい英国紳士像

 1880年の設立以来、その時代ごとの「英国ジェントルマン像」を私たちに示し続けてきた〝ダンヒル〟。俊英マーク・ウエストン がクリエイティブ・ディレクターに就任した2017年以来、その人物像はより若々しくアップデートされ、SNS世代からも注目を集めている。

 そんな〝ダンヒル〟が2020年春夏コレクションのテーマに掲げたのは、「クラシシズムの破壊」。ここではサヴィル・ロウに象徴される構築的な英国テーラリングは影を潜め、あたかも1枚の布で全身を包み込むような、ボリューム感のあるスタイルが中心となっている。そのヒントとなっているのは、なんと日本の着物。これは1980年代に隆盛を極めたジャパニーズ・デザインが、当時の英国のファッション文化に多大な影響をもたらしたことに、リスペクトを捧げたものだという。

 

〝キモノ〟の美意識とテーラリング文化の融合

ジャケット、コート、パンツはすべてウールシルク生地。その品のよい光沢感と流れるようなドレープ感は、マーク・ウエストンの提唱する新しいカッティングを最も生かしてくれるのだ

 今回撮影したルックからも、そんな〝キモノ的〟美意識は随所に伺える。パッドや芯地を極力省き、上質なウールシルク地から生まれるドレープ感を最大限生かしたカッティング。グレーやブラックの静謐なニュアンス。そしてテーラリングジャケットのダブルブレストと着物のデザインを融合させた、ユニークなコートの前合わせ……。英国と日本、ふたつの国の文化を衝突させることによって生まれたそのスタイルは、クラシックのもつ優雅さを際立たせつつも、根底にあった階級社会的な威厳を取り除き、どんな人にも、どんなシーンにも似合う現代的な表情を生み出している。つまりマーク・ウエストンが提唱する「破壊」とは、テーラリングの民主化ともいえるだろう。

 

異文化の衝突によって生まれる新しいテーラリング文化

今季のコレクションのハイライトともいえる、着物から着想を得たコート。伝統的なテーラリングのデザインと違和感なくなじませている点は、さすがの一言だ

 1980年代に活躍した日本人デザイナーたちが、英国やヨーロッパのファッション業界にもたらした「黒の衝撃」。その影響が現在を生きる若手デザイナーたちをも衝き動かし、今までにないテーラリングの概念を築きあげていることに、驚きを禁じ得ない。そう、新しい価値観とは、いつだって異なる文化の衝突によって生まれるのだ。