文=萩原輝美

 ファッションデザイナーの仕事は世の中を反映し、時に反発しながら時代を服で表現してゆくことです。その時代性を捉えながらコレクションを発表しているブランドの中で今、最も勢いのあるメゾンのひとつがロエベです。

マドリードの皮革製品工房

 ロエベのルーツは1846年スペイン、マドリードの皮革製品の工房から始まります。上質で滑らかなナッパの薄さを誇り、レザーグッズの他にメンズのブルゾンやジャケットなどを生産していました。シベレスコレクション(公式なスペインコレクションでミラノの前に開催)が無くなったのを機にパリに発表の場を移し、歴代何人かのデザイナーによりコレクションを続けましたが、2013年に現在のクリエイティブ・ディレクター、ジョナサン・アンダーソンが就任してから一躍注目されるようになりました。

  ジョナサン・アンダーソンは当時、自身のブランド「J.W.アンダーソン」をロンドンで発表する人気デザイナー。ストリートを意識した小気味良いデザインが若い層の支持を得ていました。ロエベのクリエイティブ・ディレクターに抜擢されたのはブランドを立ち上げてから5年後、若干29歳の時。LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)が傘下に収めるラグジュエリーメゾンで最年少での就任でした。

アンダーソンの可能性

 パリでのデビューコレクションはフレアーパンツが中心で、メゾンの技術を使いこなせなかったためかラグジュアリーメゾンとしてのエレガンスはあまり感じられませんでした。

 毎シーズンロンドンで「J.W.アンダーソン」のショーも観ていましたが、自身のブランドではストリートを抜け出し、クチュール技を取り入れたエレガントドレスを加えるなど、モードなブランドに進化していきました。

 ただ、ロエベでチャレンジしながら新生ロエベをアピールしてゆく姿は、ルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターに抜擢された頃のマーク・ジェイコブスを思い出します。若手デザイナーがラグジュアリーメゾンに関わり、そのブランドのヘリテージを学習しながら自身のブランドの幅を広げ、老舗メゾンを蘇らせる。アンダーソンにそんな可能性を実感したのです。

「クラフトはロエベのエッセンスです」とジョナサン・アンダーソンは言います。その手工芸の技と向き合う姿勢はさまざまなアートとのコラボレーションを実現させています。

服とアートの融合  

 2020年3月にパリで発表した2020年秋冬コレクションでは陶芸家、桑田卓郎さんとのコラボレーションを作品にしました。バッグ以外にドレスの装飾として桑田さんのオブジェを加えたキャットウォークは、まさに服とアートの融合でした。

 また作品だけではなくコレクション会場にも毎シーズン、モダンアートの作家のオブジェが設置されショーの気分を牽引してゆきます。

  2020年3月以降、どのブランドもコロナ禍のためにリアルショーが出来ず、デジタルでの発表を余儀なくされました。その年の10月、ロエベからShow-on-the-Wallと名づけらた2021春夏コレクションのルック一式が大きな画板に挟まれて届きました。

 その中には躍動感ある等身大のモデルのルックに、その背景となる花柄の壁紙と楽譜が挟まれ、キャンバス地のバケツバッグにはルックを貼るための刷毛や糊の一式が揃っていました。何と夢のある贈り物! 外に出れないお篭り生活のなか、自宅の部屋に壁紙を貼りショー会場を演出してルックを見て欲しいというデザイナーの思いです。

 コロナ禍でファッションショーの意味、価値を改めて感じました。インビテーションにはデザイナーの想いのイントロが忍び、会場のデザイン、音楽、モデルの動く空間で服を表現する。デザイナーにとってどの要素も表現するために必要なものです。そして、その場の観客の反応、それこそがデジタルでの一方通行の発表にはない、瞬時に仕事の結果が出るショーの醍醐味なのです。

会場はヴァンセーヌの森

 この3月に行われた2023秋冬コレクションで、ジョナサンが選んだ会場はヴァンセーヌの森です。そこに真っ白い四角い空間を設置したのです。中に入るとカラフルな四角いオブジェが不規則に並んでいました。イタリア人アーティスト、ララ・ファヴァレットによるコンフェッティ(紙吹雪)で作られたキューブでした。人力で圧縮するだけで作られたキューブは、モデルの歩行によって徐々に侵食されカタチを変えてゆくのです。

 コレクションは数シーズン続いているミニマリズムをブランドの原点と重ね合わせて表現していました。ロエベらしい薄手ナッパレザーのミニドレスは、ショルダーバッグを思わせるチェーンをドレスの肩から裾につけてドレープを寄せています。レザーと思えない軽やかなドレープドレスは、ロングブーツと合わせて着たいモードな服です。

 フェザーを1枚1枚縫いつけたトップスとバミューダのアンサンブルは、さり気なくクチュール技が潜むモダンなアイテムです。スニーカーを合わせてスタンダードなドレスアップシーンを演出したいルック。まさに現代のラグジュアリーを感じます。

 今年旬のラムのシェアリングコートはプードルシルエットに仕上げ、新しいプロポーションを提案しています。

 パステルカラーに染められたレザーのミニスカートのルックは彫刻のようなシルエットを表現し、新しいレザーの価値観を生み出しました。

 従来のミニマリズムの服は削ぎ落とすだけのアイテムが主流でしたが、ジョナサン・アンダーソンによるロエベは、メゾンの技で支え、シルエットに遊び心を加えたモードなミニマリズムの魅力でいっぱいです。

 ファッションとアート。「物体」と「印象」をキャットウォークで表現するロエベのコレクションに注目です。