文=大住憲生
1934年、エッティンガーは、イギリス・ロンドンにて革製品を製造する会社として設立。創業者のルイス・エッティンガーさんとその長男ジェラルドさんはタイムレストラベラーとして、物事に真摯に向きあうことで事業の礎を築く。ジェラルドさんの長男で三代目のロバートさんもまた、タイムレストラベラーとして事業を拡大成長させている。39回目の来日を果たした、ロバート・エッティンガーさんに話をきいた。
「旅をつうじて、訪れた国や地域の、その文化や風土、邂逅を楽しむ。それがタイムレストラベラー、父の造語です。父は5カ国語を話しましたし、日本語の勉強もしていたくらいです。違いを知ること、それを考えることはビジネスにとっても要諦です。たとえば私たちイギリス人はコインをポケットにそのまま入れますが、日本人はコインは汚れたものと考えているようですね、だからコインパース(小銭入れ)を使っている人が多い。そこで紙幣とカード入れに特化した、札入れ(BILLFOLD)にコインパースを付けました。この製品は日本でのベストセラーです。そして、いまや世界中で展開する定番にもなっています」
時代を超越した旅人は、普遍的な智慧を得る?
タイムレストラベラーであることは「ビジネスを含めたライフのすべてを豊かにする」。ドイツで革製品メーカーを経営していた祖父と父が、イギリスに渡りすぐさま事業を始められたのも「世界で自分の道をつくることに慣れている」、タイムレストラベラー精神があったからだという。
85年前、エッティンガーはロンドン中心部のクラーケンウェルからスタートした。デザインやファッションなどの流行発信地であり、世界的に有名なレストランもあるテムズ川沿いの街だ。
「当時のクラーケンウェル地区には食肉市場くらいしかなかったんです。なぜクラーケンウェルで創業したのかといえば、そこに革製品をつくるための材料が豊富にあったからです(笑)。優秀なタンナー(皮を革に加工する職人)もいたことから、イギリスにおいて革製品の生産拠点の一つだったのです」
自動車が馬車に取って代わるまではサドル(鞍)が主力の製品だった。
が、自動車の時代が到来するとサドルの需要は激減。サドル製造の技術と素材を転用しウォレット、パース、バッグ、ケース、ベルトといったレザーグッズ製造へ転換する。
「レザーグッズの表面はブライドルレザー、サドルの座面に使われる丈夫な革です。内側は植物タンニンで鞣した革、サドルでは馬の背に面する柔らかなパネルハイドレザーでつくりました。サドルと同様に丹念に製造しています。弊社の出自と矜持をあらわしている、というとカッコつけすぎですね」
20年前に、再開発が進むクラーケンウェルを離れ、ロンドンに次ぐ規模の都市といわれるバーミンガムへと工場を移転した。
「革製品の製造工場として建てられたものです。1890年代の建築ですから大きな明かり窓がたくさんありますが、今ではLEDライトが場内を照らしています。とても機能的で労働環境もいい。おじいさんから三代にわたって勤めてくれている社員もいますし、勤続20年以上の社員はざらにいます。16歳で入社し75歳まで勤め上げた社員もいます。家族的なんです」
社員の忠誠心が品質を保証するのだろうか。かつての終身雇用制と年功序列を柱に成長、発展を遂げていた日本型企業のようだ。
「1990年に父の跡を継ぎました。父から『これからどうするんだ』と問われたのは26歳の時です。学生時代から父の仕事を手伝っていましたし、ファミリービジネスに情熱と誇りをもってもいましたから。そのころはカナダ、ドイツ、フランス、オーストリアの山々をスキーインストラクターとしてサーキットし、楽しい日々を過ごしていたんですけどね(笑)」
社長に就任したロバートさんの仕事は、いうまでもなく販路を拡大すること。そして、ブランディングだ。
「1996年、イギリス王室よりロイヤルワラント(王室御用達)を授与しました。この称号は5年ごとに再審査がある厳格な制度です。高品質である、と王室からお墨付きをいただきました。エッティンガーというブランドに箔がつきました」
そして、2001年にイギリスの高級品のための公的機関、ウォルポールに加盟する。
「ウォルポールは非営利組織として1992年に設立されました。ベントレーモーターズ、フィナンシャルタイムズ、バーバリー、アスプレイ、ハロッズ、サザビーズ、ダンヒル、ネット・ア・ポルテ、ターンブル・アンド・アッサーなどのイギリスのラグジュアリー企業が会員です。国際的なビジネスチャンスにアプローチするためのプログラムが用意されています。機会創出ですね」
ブリティッシュ・ラグジュアリーの世界的成長の促進が目的。ラグジュアリービジネスはフランスだけのものではない、と国を挙げてバックアップしている。「ウォルポールに加盟して、企業のオーナーやチェアマンに直にコネクトできるようになりました。だから、旅がさらに楽しくなりました。タイムレストラベラーとして面目躍如、といったところでしょうか」