「宙空の美」をコンセプトとする贅沢な腕時計「カンパノラ」に『紺瑠璃(こんるり)』が加わり『深緋(こきあけ)』がリニューアルとなった。いずれも「グランドコンプリケーション」。クオーツムーブメントを搭載したグランドコンプリケーションウオッチというユニークなこの腕時計からはいったいどんなことが読み取れるのか? 発売に先駆けて目撃したJBpress autographは、時計担当・福留亮司と編集長・鈴木文彦でこの時計について語り合った。
グランドコンプリケーションとは?
鈴木 この12月「カンパノラ」に「グランドコンプリケーション」が2モデル加わりました。厳密には『紺瑠璃(こんるり)』というモデルが新登場、『深緋(こきあけ)』というモデルがリニューアルとなるのですが、20年以上続いてきた同シリーズの今後の定番モデルという印象です。そして『深緋(こきあけ)』が税抜き44万円、『紺瑠璃(こんるり)』が同じく46万円という値段にまず驚きを隠せません。なにせグランドコンプリケーションですから!
僕たちはメディアにいるおかげで、グランドコンプリケーションを見せてもらうことが、稀にではあってもありますが、やっぱり、すさまじい別格感があってテンション上がっちゃうんですよね。
福留 グランドコンプリケーションは、スイスの高級時計メーカーが、受注生産的に年間、数本作るようなものですからね。腕につけて歩いている、という人は稀でしょうから、普段、暮らしていてグランドコンプリケーションを目にすることはほとんどないでしょう。
鈴木 と言いつつも、僕はいまひとつわかっていないのですが、一般論として、何をもってしてグランドコンプリケーションなのでしょう?
福留 厳密なルールがあるわけではないんですよ。複雑機構が複数ついていればグランドコンプリケーションと呼ばれる感じなのですが、複雑機構3つ以上とか、パーぺチュアルカレンダー(永久カレンダー)やミニッツリピーターなど技術的に上位とされるものが2つ以上入ってないと、とか、見解はマチマチ。このカンパノラにはパーぺチュアルカレンダー、ミニッツリピーターに加え、ムーンフェイズ、クロノグラフが搭載されているので、どこからみてもグランドコンプリケーションですね。
パーペチュアルカレンダーとミニッツリピーター
鈴木 パーぺチュアルカレンダーとミニッツリピーターは、複雑機構の中でも双璧、と言われていますよね?
福留 もちろん、月齢、29.5日周期にあわせるムーンフェイズやストップウォッチ機能のクロノグラフも複雑ですが、多くのメーカーが作っているように、そこまで高難易度というわけではない、とされています。実際、僕は作れないので、偉そうなことは言えないのですが(笑)パーペチュアルカレンダーは、日、月、曜日、大の月、小の月、うるう年を2100年2月28日まで調整せずにあわせられる機構。本当は1日の長さって24時間ピッタリではないので、誤差が生まれます。それを4年に1日、うるう年で調整してるわけです。それが現在、世界中で使われているグレゴリウス暦なんです。この暦のルールでは、基本的に4で割り切れる年はうるう年。ただ100で割り切れ、400で割り切れない年は平年、ということで、2100年はうるう年ではない。だから2月28日に調整が必要なんです。そこまでをプログラムしているのが、このモデルのパーペチュアルカレンダーということです。
鈴木 復活祭にも関わる、キリスト教にとっては歴史ある暦なんですよね。いっぽう、ミニッツリピーターはといえば?
福留 ミニッツリピーターは搭載されているハンマーが、現在の時刻を教えてくれるアナログな機能です。基本的に大小2つのハンマーが、高音と低音で調律されたゴングを時刻に合わせて鳴らすんですが、これが100以上の部品を組み合わせて成立しているんですよ。しかも、ケースの素材や厚さによって音の質が違ってきますから、非常に繊細なんです。時計師に話を聞くと、ゴールドが一番良い音が鳴ると言う人もいるし、ステンレスが最高と言う人もいる。職人のこだわりが強いのもこの機構の特徴ですね。
「宙空の美」とクオーツムーブメントの意義
鈴木 ミニッツリピーターはカンパノラらしいとおもっていたんですよ。でも、この動画で学んだのですが──
カンパノラが2000年に新世紀の時計として生まれた際、初代モデルは、パーペチュアルカレンダーを搭載した時計として生まれていて、ミニッツリピーターは搭載していなかったそうです。ちょっと意外じゃないですか?
福留 カンパノラという名前は、イタリア・カンパニア地方のノラという町の教会の鐘が、5世紀に史上初めて人々に時を知らせる目的で鳴らされた、という故事にちなんでいるそうですからね。
鈴木 ブランドロゴも鐘ですし、ミニッツリピーターの音も鐘の音をイメージしているそうですから、この機能が搭載されたのは2002年の初代「グランドコンプリケーション」だった、というのには驚きました。とはいえ、それ以降「グランドコンプリケーション」はデザインをアップデートしながら作られ続け、昨年20周年を迎えた。こうして、グランドコンプリケーションがカタログモデルとして販売され続ける、というのもクオーツムーブメントだからこその強みでしょうか?
福留 たしかに、機械式であれば何千万円もするし、熟練の職人が製作にあたって年間数本といった時計ですからね。そういう時計でないと味わえない世界を、わずか50万円弱で体験できるようにするには、クオーツムーブメントじゃないと難しいでしょう。ただ、僕はこの時計を見ていると、クオーツムーブメントにはそういった生産性や価格面での優位性だけではない意味もあるんじゃないかな? とおもうんですよ。
鈴木 と、いいますと?
福留 カンパノラは2001年に「コスモサイン」、2002年に「グランドコンプリケーション」とラインナップを拡大していっていますよね? それとともに「宙空の美」というコンセプトをより追求しているとおもいます。僕は、コンパクトなクオーツムーブメントを前提として、この時計はデザインされているようにおもえてなりません。
鈴木 たしかに、カンパノラは機械式もありますが、クオーツがメインといった印象はあります。ただ、コンパクトなんでしょうか? このグランドコンプリケーションだと、ケース径43mm、厚さ16.5mmだから、本格ダイバーズウオッチ並みのサイズですよ?
福留 スペックシート上はそうですが、ドーム状の風防の厚みが入っていますからね。これが平面の風防であれば、そこまで厚くならないですし、ケース径だって、もっと小さくすることもできるとおもうんです。でもカンパノラのデザインコンセプト「宙空の美」を表現するためには、風防の下にこれだけの広い空間が必要だったのではないかと考えます。
文字板、サブダイアルとその各種パーツ、針、タキメーターのリング、インナーサークル……写真ではちょっとわかりにくいですが、非常に多くのパーツが使われていて、それぞれに深さというのか高さというのかがあって、立体的な層を構成しています。
鈴木 たしかに、ある程度の空間がないとこの表現はできなさそうですが……
福留 この、空間を使った表現をするためには、コンパクトなクオーツムーブメントが必須だった、と考えます。それから、このドーム状の風防には、もうひとつ意味があるとおもうんです。2002年の初代「グランドコンプリケーション」の時点でサファイアガラスでドーム状の風防を実現しているのは、実は技術的にスゴイことだとおもうのですが、これがあるから「宙空」という言葉のもつ、空のイメージが得られるのではないでしょうか? 「クラリティ・コーティング」というシチズンの光透過率、約99%を誇る技術も投入していることからも、こだわりを感じるんですよね。
鈴木 ああ、天球のイメージ! それは気づかなかった。
福留 こういうのって、かなり企画が通りにくいというか、時計って工業製品であり商品なわけだから、コストとか、デザイントレンドとか、最新技術とかいったものを考慮しないといけないでしょう? カンパノラは、そういう要請の制約をあまり感じないところが面白いとおもうんです。時計を作る人の「自分はこういう時計を作りたい」というおもいに忠実に作っているように感じます。すごく自由な、自由であることで他に似たものがない時計になっているんじゃないか、とおもうんです。