南オーストラリア州の州都アデレード。そこから北にちょっと行ったところにあるバッロサ・ヴァレーはオーストラリアを代表するワインの産地だ。質・量・知名度ともにこのエリアの代表格は「ペンフォールズ」。実は、そのペンフォールズに次ぐプレミアムワインメーカーが「グラント・バージ」だという。この「グラント・バージ」、スタート地点となる1988年には年間わずか1,000ケース(1ケース・12本)の生産量だったのが現在、100,000ケース。35年の成長の歴史のうちの30年を支えたワインメーカー クレイグ・スタンスボローに躍進の理由を聞いた。

クレイグ・スタンスボロー
グラント・バージのチーフワインメーカー。バロッサ・ ヴァレーの端にあるGawlerという町で生まれワインに囲まれて育つ。1983年にB Seppelt Sonでワイン業界でのキャリアをスタートし 、Château Tanunda、Seppeltsfieldを経て、1993年、セラー・マネジャーとしてグラント・バージへ。すぐに頭角を現し1994年にアシスタント・ワインメーカー、1995 年にワインメーカー、1997年にシニア・ワインメーカーと昇格し、チーフワインメーカーに。2023年2月に数年ぶりに来日し、日本のメディアや取引先と旧交を温めつつ、日本酒と日本食を堪能した

アデレードとバロッサ

ナパ・ヴァレーにとってのサンフランシスコ、シャンパーニュにとってのパリ、ボルドーにとってのロンドン、フランチャコルタにとってのミラノ。高級ワイン産地の条件には大都市との距離の近さがある……とおもう。

そしてオーストラリアでこの条件にもっとも合致する場所が、バロッサ・ヴァレーだ……とやはりおもう。バロッサは大都市アデレードにほど近い。

オーストラリアでワイン造りが始まった黎明期、1840年代からの歴史があるワイン産地。いまやオーストラリアを代表し、固有品種ともいうべきブドウ「シラーズ」の聖地として世界的に知られ、ちょっとワインが好きな人であれば「バロッサ・シラーズ」というワードにも耳馴染みがあることだろう。

また「自根」というのも、この地域のブドウの特徴。歴史的に害虫「フィロキセラ」の被害が発生しておらず、現在も防除が徹底しているため、フィロキセラ耐性のある台木にワイン用ブドウ品種を接ぎ木、という世界的に一般的な方式の樹だけでなく、一本の樹のままのブドウが育っている。

ワイン用のブドウ樹は自根のほうが台木のものより良い、とは単純には言えないものの、南オーストラリア州のブドウ樹の場合、1840年代の樹が今も残っていて、それをいまだにワインに使っている。一般的に古樹といっても30年付近の樹齢が多いなか、1世紀以上の樹齢を誇る自根のブドウ樹が現役を張っているというのは、珍しいことだ。

グラント・バージ

グラント・バージは、そういう歴史的シラーズを持っているバロッサ・ヴァレーのワイナリー。

現在の形でスタートしたのは、1988年だけれど、起源は1855年に英国からバロッサ・ヴァレーにやってきたバージ家に遡る。故に古樹の畑をもち、最古は1887年に植えられたシラーズの樹。これと、1920年に植樹されたシラーズの樹が育つ畑が、グラント・バージの最良のシラーズを産出する畑で、両者をブレンドしたワイン『ミシャック』でオーストラリア最良のワイナリーのひとつ、と数えられている。

ミシャック シラーズ 2018
ワイナリーとしてのグラント・バージの原型を造ったバージ家の2代目、ミシャック・バージにちなんで名付けられたワイン。ステンレスおよびコンクリート開放発酵槽の組み合わせで発酵。その後、フレンチオークの新樽と古樽で熟成 。使用するのは300から2500リットルのフードルで、熟成期間は約18カ月

創業時から、作柄が良い年にしか造られず、現在は2018年がon sale。もともとは、ザ・バロッサ・シラーズというべきパワフルなスタイルだったけれど、時代とともに醸造法も変わり「10年前とは全然ちがうワイン」と、グラント・バージ35年の歴史のうちの30年を醸造家として生きるクレイグ・スタンスボローは教えてくれた。

クレイグ・スタンスボローが、メディアを集めて開催した食事会で、最後に披露したのが2018年のミシャックだったのだ。

樹齢の高いブドウ樹のブドウを使ったワインを、ヴィエイユ・ヴィーニュなどとフランス語で言って特別扱いすることがあるのは、ブドウ樹が深く根を張って、土壌の様々な層から水とともに多様な栄養を吸い上げ、これを果実に凝縮させるからだ、と言われる。とはいえ、この説は経験則的にはもっともらしいものの、科学的に根拠があるか、といわれるとやや怪しい。根が深いおかげで、雨が降った降らないで、すぐさまブドウが水を吸いすぎたり、逆に土壌表層の乾燥の影響を受けて干からびたりはしづらい、という安定性の面での強みはあるけれど、この特徴は樹齢30年くらいの樹にも見られる。

それよりも誰の目にも明らかなのは、樹齢の高いブドウ樹は生産性が落ちる、ということだ。ぷりぷりとみずみずしいブドウをたわわに実らせる、ということが古樹にはあまりない一方、樹が得た栄養が、一房一房の果実に、ゆっくりと集まることが、古樹が複雑な風味のワインを生む理由ではないだろうか。

実際、ミシャックは、一滴一滴と滴る強烈なエネルギーを秘めた液体を、なめらかな球体で包み込んだかのようなワインだった。

ミシャックを構成するふたつのブドウ樹のうちの1920年のブドウ樹のシラーズのほうは、フィルセルという畑のもので、その畑の名前は開墾者の名字に由来するという。『フィルセル シラーズ』というグラント・バージのワインでは、このシラーズが中核的素材。2019年ヴィンテージをクレイグとともに味わえた。この年は暑く、水不足だったとクレイグは語ったけれど、ブドウ収穫後にオーストラリアを歴史的な大規模森林火災が襲った年でもある。しかし、深い紫色に透き通る若々しい液体は、そういう異常気象を感じさせない品格があり、口に入れてみれば、基本的な性格はおだやか。タンニンはなめらかで、酸味を確かな背骨としている。はつらつとして刺激的ともいえる活力を垣間見せるのは、液体が温まり、空気に十分に接触してからだった。

フィルセル シラーズ 2019
フィルセル・ヴィンヤードは、バロッサのリンドック・ヴァレー地方に位置し、地中深い沖積土壌の畑。バロッサ ・ ヴァレーの中でも最良の畑の1つと称される。2019年は冬の降水量が平均を下回り、乾燥した春と夏が相まって、収量が低下。生産量は少ないものの果実はリッチで凝縮した

かたや2万円、かたや7000円。トップエンドとセカンド、といった関係の『ミシャック』と『フィルセル』。バロッサ シラーズの高峰として、世界のどこに出しても尊敬されるであろう品のいいワイン。エレガントなスタイルにまとめあげているのは、造り手のモダンなセンスによるところも大きいだろう。

とはいえ、好ましくおもえるのは、高級感は十分にありながらも、資産価値を形成しそうでおいそれとあけられない、というほどまでには浮世離れしていないところ。あくまで飲んで美味しいワインを突き詰めていった先にある高級ワインだとおもう。

そして、そういう意味において、もっと心惹かれたのは、これより下のレンジのワインだった。

成功するワイナリーの秘訣

そのワインは、『フィフス・ジェネレーション バロッサ シャルドネ 2021』と『スパークリング ピノ・ノワール シャルドネ』。白ワインがいいとか、シャルドネがいいとかいったことではなくて、美点と感じるのは、両者とも、大体、3000円くらいで売られる、というわりに、十分に複雑で物足りなさを感じない、その上で、上位のワインより難解さの度合いはぐっと低い、というバランスで、つまり、飲んで楽しい。

フィフス・ジェネレーション バロッサ シャルドネ 2021
バージ家5代目グラント・バージへのオマージュ。2021年は気候に恵まれた非凡なヴィンテージ。酸味の爽やかさよりは、豊かな果実味と凝縮感、苦味や旨味のほうが中心的だが、決して重苦しくなく、飲みやすいところでバランスしている。シャルドネはバロッサのものが85%、イーデンのものが15%

このくらいの価格帯のワインというのは、ワインのなかでもブドウと造り手の個性が出やすい。値段のために質を犠牲にしなくてはいけないほど、コストコンシャスにならないといけないわけではないけれど、そうはいってもコストの上限というのはあり、かつ、このレンジに完全・完璧の達成が求められるわけではない。どう取捨選択するか、というところに、ワイナリーのスタイルやワインメーカーの思想がストレートに出るのだ。

だから、よくよく味わってみると、シンプルすぎて物足りなかったり、逆に肩の力が入りすぎていたり、ブドウ頼みになりすぎていたりすることはあって、それは悪いことではないのだけれど、ここをうまくまとめるところが、さすがは、グラント・バージで30年、ワイン業界歴でいえば40年という、大ベテラン、クレイグ・スタンスボローの力なんじゃないか、とおもえる。

クレイグ・スタンスボローは入社当時はわずか年間1000ケース(1ケース12本で)ほどの生産量だったグラント・バージが、100,000ケース規模にまで拡大する歴史を体験している、というよりも、その成長のエンジンになった人物だ。

売れてワインが足りなくなるたびに、買い足していったという自社畑は、生産面積でおよそ350haから400haという。さらに、オーストラリアはもともと、家族で経営している小さなブドウ農家が多数いて、ワイナリーはそういう農家からブドウを買うのが伝統だから、グラント・バージは買っているブドウでも、自社畑と同じくらいの面積があるらしい。

その拡大の歴史のなかで、バロッサのなかでも冷涼なイーデン・ヴァレー、アデレードの東のアデレード・ヒルズ、さらにはお隣のヴィクトリア州にもブドウの供給源ができて、上記のシャルドネやピノ・ノワールは、冷涼な産地、たとえば、イーデンのブドウをブレンドしたものだという。

スパークリング ピノ・ノワール シャルドネ NV
アデレード・ヒルズとアルパイン・ヴァレーそしてイーデン・ヴァレーの標高が高い冷涼な地域で栽培されたブドウを主に、ヴィクトリア州のブドウも使用。収穫直後に圧搾された果汁は48時間低温で寝かされる。シャンパーニュ地方の酵母を使い、一次発酵は低温のステンレスタンクで行う。瓶内二次発酵後、デゴルジュマンまで瓶内で平均28カ月間熟成される。ピノ・ノワール75%、シャルドネ25%。ドザージュは9.5g/l

スパークリングは1992年頃に、試作的にやってみたものが人気が出て、いまやオーストラリアを代表するスパークリングワインにまで成長した。フィフス・ジェネレーションのシリーズは15年くらい前に、コストパフォーマンスのよい、フレッシュでありながら、よく熟したブドウを感じられるワインを造ろう、という発想からスタートしたという。

グラント・バージの現在の規模を考えれば、それを実質的に支えているのは、優れていても数に限りのあるトップレンジの特別なワインではなく、気軽に楽しめるワインのほうだろう。成長の秘訣は?と聞くと、クレイグは

「ワインメーカーがいいからだろう」

と笑ったあと

「安いワインが美味しいことだよ」

と言った。

「優れたワインを造ることを妥協しなければ、トップのワインとするには物足りない、というブドウもたくさんできる。ただ、それらのブドウは悪いわけじゃないから、それを捨ててしまうのではなく、それはそれで別のワインにする。そうやって、レンジが拡大していったんだ。その考え方はいくら規模が大きくなっても変わっていないから、結果的に、グラント・バージは大量に造れて安く売れるワインの質も高いんだ」

これが、ワイン愛好家以外にもグラント・バージの名が知れ渡った理由のようだ。

「手頃なワインでグラント・バージを体験して、それを気に入って飲んでいるうちに、その造り手がグラント・バージだと知る。そうすると、これと同じメーカーで、これよりもっと高いワインはどうなっているんだろう?と興味がわく人が出てくる。時間はかかるけれど、高いワインは、だんだん売れていく」

だから、と付け加える

「ダメなワインは一本たりとも出してはいけない。信頼を得るには長い時間がかかるけれど、失うのはすぐ。グラント・バージは、信頼を失わなかったから、ここまで成長したんだ」

それって結局、グラント・バージはワインメーカーがいいから成長した、ってことになるのでは?

「ワインはブドウ、つまり畑で決まるんだよ? ダメなブドウから良いワインができることは……まぁ、できちゃうこともたまにはあるけれど、そんなことは続かない。良いワインを造り続けるためには、いいブドウはやっぱり必要なんだ」

グラント・バージは日本市場でも10年以上売られている古参。ただ、日本では知る人ぞ知るワイナリー、といった存在感にとどまっていた。しかし、2022年の終わりごろに、インポーターが「都光」に変わった。都光はハイレベルなワインを造りながらも、エントリーレベルのワインも優れている、というグラント・バージ的ワイナリーを扱い慣れているインポーターだから、かなり相性はいいはず。事実、2023年はグラント・バージの販路をぐっと広げる予定だという。見かける機会は増えるはずだ。そして、見かけたらグラント・バージのワインは信頼していい。ベテラン醸造家が、ダメなワインは一本もない、と保証しているのだから。