登美 甲州編に続いては「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」と同じく2024年9月10日(火)に発売となる赤ワイン 「SUNTORY FROM FARM 登美 赤 2020」について。こちらも今回「サントリー登美の丘ワイナリー」を訪れ、栽培技師長 大山弘平さんに今後の「登美 赤」に向けての仕掛けも教わりつつ、先行体験できた。
はたして登美の丘ワイナリーは世界トップレベルの赤ワインを生み出すのか?
メルロが大幅にアップグレード
今年はどうしても「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」の発売に目が行きがちだけれど、同時発売となる「SUNTORY FROM FARM 登美 赤 2020」とそれ以降の「登美 赤」について、少なくとも2つのアップデートがなされていることを、今回、私は体験してきた。
ひとつが、メルロの副梢栽培。メルロはここしばらくの「登美 赤」には使われていないブドウ品種なのだけれど、やめてしまったワケではない。2021年以降、副梢栽培によって、収穫時期を後ろ倒しにして、虎視眈々と復活の機会をうかがっているのだ。
副梢栽培というのは、日本以外では聞いたことのない栽培技術だけれど、一番花を育てて二番花以降は切り落とす通常のブドウ栽培とは逆に、一番花を切り落として二番花を育てることで、昼夜の寒暖差が少ない盛夏(7月中旬)に来るブドウの成熟期を、寒暖差の大きい9月上旬以降に移動させる技。収穫期は通常は9月上旬のものが11月中旬にまで後退する。これによって過熟を避け、二次代謝物をより充実させる、というのが狙いなのだけれど、これは、副梢栽培をした、しないの2種類のメルロの比較試飲をさせてもらって、その差の大きさを実感した。
いずれも一般公開していない試験的なワインだったのだけれど、副梢栽培をしていないものも商品として仕上げれば十分に通用するレベルのものだった。しかし副梢栽培をしたものと比較するとその差は歴然。色も香りも濃厚で、かつ、きめ細かい。格の違いを感じた。
プティ・ヴェルドに夢が膨らむ
そしてもうひとつがプティ・ヴェルドの厳密な栽培管理と、ブレンド比率の向上だ。
1982年ヴィンテージから始まった「登美 赤」はそもそもはカベルネ・ソーヴィニヨンを中心に、ボルドー系のブドウをブレンドするメリタージュなどと呼ばれるスタイルに近いワインだった。これは、世界のトップレベルのワインに挑戦する「登美」ブランドとして、そのスタイルがもっとも正統、という選択だったという。しかし、2000年代に入ると、徐々に、カベルネ・ソーヴィニヨンにこだわり過ぎず、自分たちに合ったブドウで勝負する、プロプライエタリーレッドなどと呼ばれるスタイルに近いものへと変化していった。
そこでサントリーが注目したのがプティ・ヴェルド。一般的にはプティ・ヴェルドはどちらかというと荒々しい個性の持ち主で、アクセント的にブレンドされるもの。しかし、これが登美の丘では、滑らかで品がよい雰囲気を獲得する可能性が感じられたそうなのだ。
そこで、複数の畑、複数のクローンでつくり分けながら栽培量を増やしたのが2010年代。その試行錯誤から、ごく最近になって、いよいよ完熟のその先にある、種、フェノールの成熟も考慮して収穫する、これぞ、というプティ・ヴェルドに至ったというのだ。
「SUNTORY FROM FARM 登美 赤 2020」は、そのプティ・ヴェルドのデビュー戦とも言うべき作品。
A4aと呼ばれる、登美の丘ワイナリーの正門を入ってすぐの畑のプティ・ヴェルドが選ばれているが、この小さな区画も3分割して管理し、それぞれ別に醸造しているという。
今回はこの3種のプティ・ヴェルドが全体の54%、残り46%をカベルネ・ソーヴィニヨンという比率になっていて、カベルネ・ソーヴィニヨンとの相性の良さから、この区画が選ばれたということなのだけれど、興味深かったのは、C8、C9という、登美の丘ワイナリーでも標高が高いエリアの畑のプティ・ヴェルドから生み出された同じく2020年のワイン「SUNTORY FROM FARM 登美の丘 プティ・ヴェルド 2020」との比較。
大山さんによれば、プティ・ヴェルドは前半型、とのことで、それはつまり口に含んですぐのところに力強さ、充実感があるが、中盤、後半、余韻と時間が推移するに従って徐々にパワーが落ちる、という意味なのだけれど、私は「登美の丘 プティ・ヴェルド 2020」を飲んで、これほど中盤以降もへこたれず、力強く伸びてゆくのか!と逆の感想を抱いていた。
プティ・ヴェルド100%のワインというとスペインが有名だけれど、正直なところ、それほどお目にかかる機会はない。ただ、プティ・ヴェルド主体まで含めて言うと確かに中盤にワインがヘコむような感覚には覚えがある。そのうえで後半で盛り返すようなワインもあって、意地悪に言えば気持ち悪いのだけれど、ドラマに例えてみれば前半と後半が盛り上がり、その間はやや退屈、みたいなものもあるから、これはもう致し方のない個性と感じていた。「登美の丘 プティ・ヴェルド 2020」は、しかし、アタックも決して荒々しいというほどではないし、よしんばそこからのパワーの低下が起きていたとしても、その推移はリニアで、余韻も十分に伸びやかだった。
確かに「登美 赤 2020」は完成されていた。すぐさま産地が特定できない国際的なファインワインという印象が強くあって、密度、重量感、エレガンスともに商品として見事にまとまっていた。これはもう言うことがないというか、素直に美味しい、と評価したい。
ただ、こう言ってしまうのはやや気が引けるけれど、こうなってくると「登美 赤」は、ライバルがあまたいるところに足を踏み入れたことになる。登美ブランドの目標値であろう、ボルドーやトスカーナのグランヴァンになれば、確かに値段もケタが一個違うけれど、それはブランド価値のようなものもある程度は考慮すべきで、ボルドーならば同じくサントリーが所有し、プティ・ヴェルドの名手でもある「シャトー・ラグランジュ」、あるいはフランスでも南西地方、スペインやチリの同価格帯のワインだったらどうだろう? そういうものの中で「登美 赤」はどういう個性を発揮していくのだろう? と考えてしまった。
一方、「登美の丘 プティ・ヴェルド 2020」は世界の頂点を競うようなワインとしてはつくられていないから、そこと比べてしまうと分は悪い。3クローン・4区画のブレンドではあるけれど、どうしても構造のシンプルさがハンデになってしまう。だから、私は「登美 甲州」がそうであったように、性格の異なるプティ・ヴェルドを折り重ねたワインをつくったらどうなるのだろうと想像してしまった。特に、登美の丘ワイナリーは2022年以降、収穫した果実を発酵タンクへいままで以上に傷つけないで導く仕組みや、そのブドウを優しくプレスする垂直圧搾機を導入するなど、果汁の潜在能力をより引き出すためのアップデートをしているし、2025年には、新しい醸造棟ができ、そこには小容量のタンクが40台も置かれるというのだ。これで、大山さんが懸念する、中盤以降の物足りなさは、相当、改善するのではないか。そうなってくると、世界の赤ワインのなかで、登美の丘のプティ・ヴェルドは強い個性を発揮するのではないか?
あるいは、それでもなお、ということであれば、そこで先の副梢栽培のメルロの出番なのかもしれない。あのメルロはおそらく、プティ・ヴェルドと組み合わせて熟成させれば、プティ・ヴェルドの引き立て役にまわるようにおもえる。そんな未来もあるのかもしれない。
もちろん、これは私の妄想ではあるし、何らかの計画があっても、それが計画どおりにゆくかどうかは、いま畑で育っているブドウ、あるいはその先のブドウが、どんな経験をしていくか次第ではある。いま言えるのは、2023年の登美の丘のブドウは、甲州も含めて、かなり上出来だった、ということまでだ。まずはそれが仕上がるのを大いに楽しみにして、2024年が良い夏、良い秋となることを祈ろう。