5月にニュース掲載したとおり、サントリーは日本ワイン「SUNTORY FROM FARM」ブランドの最高峰「登美」に日本を代表するブドウ品種・甲州からつくった「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」(以下「登美 甲州」)を追加、9月10日(火)から発売すると発表した。その直後の2024年6月、このワインが「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード(Decanter World Wine Awards)2024」にて、同アワード最高位の賞である「Best in Show」を日本から出品されたワインで初めて受賞した、というニュースが報じられた。

歴史的とも言いたくなる快挙。この「登美 甲州」とはどういうワインなのか? 今回、私は、その生まれた現場「サントリー登美の丘ワイナリー」を訪ね味わってきた。

SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022
2024年9月10日(火)発売
価格:12,000円(カタログ価格・税別)
ブドウ品種:甲州 100%

甲州というブドウ品種

甲州はワイン用ブドウとしてもっとも有名な日本固有のブドウ品種だ。日本にはシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨンなど、国際品種と呼ばれる世界中で栽培されているブドウ品種と日本ならではのブドウ品種とがあり、後者のうちでマスカット・ベーリーAやブラック・クイーンなどは1920年代に「日本のワインぶどうの父」と称される川上善兵衛氏が交配によって生み出したブドウ品種。一方、甲州やヤマブドウなどは古くから日本に存在したブドウであるとされ、甲州については12世紀頃に日本にやってきて土着化。江戸時代にはすでに「美味しいブドウ」として、その存在が産地である現在の山梨県・勝沼エリア以外でも知られていたとされている。

サントリーの創業者・鳥井信治郎氏は川上善兵衛氏の晩年の研究を援助した関係だった。ふたりを引き合わせた東京大学の坂口謹一郎教授とともに登美の丘を登り、その景色を見た川上善兵衛氏のお墨付きを得て、1936年、鳥井信治郎氏はこの丘をワインづくりの土地として引き継ぐ決意をしたという。現在、ワイナリーでもっとも高所、標高600mに位置する眺望台付近がその現場。眺望台の真下、写真右の桜の木は、そんな日本ワイン誕生の場面の目撃者だという

以前に詳しく書いているのでここでは簡単にまとめるけれど、甲州がワイン用ブドウとして評価を得るまでには紆余曲折があった。というのは甲州は基本的な性質として、その最大の産地であり故郷の勝沼エリアでは比較的栽培難易度が低い一方、味も香りも薄い水っぽいワインになるという弱点があるのだ。

この弱点を克服したブレイクスルーは大きく2つあり

1. 1980年代に醸造後、澱との接触時間を長くすることで味わいに複雑性をもたせる技術が生まれた(シュール・リーと呼ばれている技術)
2. 2000年代に「3-メルカプト・ヘキサノール」という、ソーヴィニヨン・ブランにも含まれる柑橘系の香りの成分を発見し、これを最大限発揮させるための栽培法と醸造法が研究された

これをベースに甲州が持つ独特のフェノール(カテキンなど)をワインに強く与える赤ワイン同様の果皮と果汁を積極的に接触させる手法(醸しと表現されがち)が注目されるなど、甲州ワインの探求はどんどん進んだ。ちなみにここではメルシャンの功績がとても大きい。

探求とその成果の共有によって2000年代以降、日本ワイン業界は、飲めばすぐに甲州とわかるほど個性的かつ質の高い甲州ワインを次々に生み出してゆき、それが世界に甲州を知らしめたのだ。

甲州のパラダイムシフト

そしてここで、甲州ワインには一定の型のようなものができた。柑橘系の香り、爽やかな酸味と苦味が基本。そこに自然の諸条件に由来する成熟度の差や醸造技術に起因する要素の取捨選択が反映されて、それぞれの甲州ワインに唯一無二の個性が宿る。

こういうことはカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネなども同じなので、飲む側も「甲州とはこういうもの」という共通認識のようなものからスタートすることに特に違和感はないものだ。

ところが、2023年、私はその理解が視野の狭いものだったと『SUNTORY FROM FARM ワインのみらい 登美の丘 甲州 キュベスペシャル2021』(以下 キュベスペシャル)というワインを飲んで教わった。少量生産で12,000円(税別)という実験的性格の強いワインだけれど、ラベンダーやフリージアのような香りがあり、重たくはないけれど華やかな複雑性を持つ。すばらしく高品質かつ魅力的で「甲州ってこんなワインになるの!?」と驚いたのだ。

そして2024年7月初旬、私は「サントリー 登美の丘ワイナリー」でそれをつくった栽培技師長・大山弘平さんに出会い、あらためてその話をしたところ、大山さんは「今日はそれを超える経験ができるはずですよ」と自信を見せるのだった。

サントリー登美の丘ワイナリー 栽培技師長 大山弘平さん

「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」インプレッション

長い前置きはそろそろやめて、メインを出そう。私は「SUNTORY FROM FARM 登美 甲州 2022」を味わった。

このワインは先のキュベスペシャルと同じ線上になく、既知の甲州ワインの型にも合致していなかった。あるいは、それらを包含する、より大きく広い枠組みのワインだった。住んでいる世界は現在のブルゴーニュやナパ・ヴァレー、あるいはスーパータスカンの高級な白ワインの界隈に近い、派手さのない控え目な白ワインだ。香りは花というよりもフルーツ系だがアルコール度数わずか12%かつ液体の温度も高くなければ、立ち上るアロマの絶対量は多くない。口に含むと液体はとろんとまろやかな外殻とでも言うべきものに包まれている。そこから徐々にほろ苦さがあらわれ、その後、外殻が崩れてくると酸が伸びる。そして後半にゆくに従ってパンのような旨味がベースを構成しながら長い余韻へと続く。おそらく骨や筋肉のひとつひとつは細い。しかし、量が多く、ぎゅっと集まることで姿勢は美しく安定している。

先述のデキャンターの評価には「点描画」のよう、という表現があるけれど、主な構成要素はいずれも甲州の特長だ。柑橘系の香り、穏やかな酸味、お茶のようなスッキリした苦味、澱の旨味、低アルコールの爽やかさ。しかしそれらはニュアンスに富みながら何かが突出しているということがない。近くで見れば複雑で派手な色彩の点の集合が、遠くから見ると穏やかで心地よいなめらかな総体を成すということなら、確かに印象派絵画をイメージして点描画という表現は適切なのだろう。

これは甲州に与えられた入場チケットかもしれない

そして私はこれを世界のトップレベルの白ワインと勝負するためにつくって、それに成功したワインだと感じ、だからこそこれは「登美」なのだと納得もした。これまでの「登美 赤」、「登美 白」も国際的なファインワインの文脈に属するワインだった。この「登美 甲州」もそういうワインだ。

ただ「登美 甲州」が現時点で世界トップレベルの白ワインに並んだか?と問われたらそれはNOだ。私は、これをつくり手がどう捉えているのかを知りたくて、大山さんにどんな目標に、どのくらい近づきましたか?とたずねた。

「世界のグランヴァンに匹敵するワインを甲州からつくりたい、というワインですが、ようやく入場チケットを手に入れたとおもっています」

こういうワインが甲州からつくれるというのは、ただただ驚くばかりだけれど、それゆえに「登美 甲州」は他の優れた甲州ワインとの比較がしにくい。この方向からのアプローチはこれまでなかったのではないか? と感じるからだ。

「SUNTORY FROM FARM 登美の丘 甲州 2021」も比較試飲できた。こちらも「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード2023」で日本ワイン唯一のプラチナ賞受賞という傑作だが「登美 甲州」よりも既知の甲州ワインスタイルに近い

ではなぜ、こういう甲州ワインをサントリーがつくれたのかなのだけれど、サントリーが海外の名門ワイナリーを所有しているから? 確かにそれもあるかもしれない。でも、答えは「自社畑」だった。

いや、自社畑だったら、あのワイナリーにもこのワイナリーにもあるじゃないか、という意見はごもっとも。しかし、日本の多くのワイナリーの自社畑は限られていて、その希少なブドウ畑にわざわざ甲州をたくさん植えるワイナリーは決して多くない。なにせ甲州は山梨県ではありふれたブドウなのだ。しかし、思い返してみれば、日本の甲州ワイン史上、エポックメイキングなワイナリーはみな、自分で管理する甲州の畑を持っていたのではないか? ついつい、醸造技術の方に目が行きがちだけれど、甲州もいよいよここに至って、あとは畑の追求だ、 というのがサントリーの現在地のようだ。

眺望台からの眺め。甲府市、甲斐市などがある甲府盆地に向かってなだらかに下り、写真では雲に隠れてしまっているがその向こうに大きく富士山が見える。つまり登美の丘ワイナリーでブドウが栽培されているのは、視界を遮られない高所にある日照に恵まれた南向きの斜面である。日本の場合、雨雲は西から来るが、ここの西方は南アルプスに遮られているため、登美の丘の雨量は日本では少ない傾向にあるのも強み。ちなみに、雨に恵まれた南アルプスには「サントリー白州蒸溜所」がある

「発酵で生まれるものはスタイルには影響を与えるが、ブドウに由来する糖、酸、アミノ酸等、そしてこれらがブドウの内部で変化して生まれる、色、香り、フェノールといった二次代謝物は酵母ではつくれない。つまり美味しさは畑で生まれる。ブドウの時点で、すでに勝負は決まっている」

大山さんはそう断言したあと「という仮説をサントリーは持っているんです」と付け加えた。

現在、登美の丘ワイナリーの約25haの畑(土地全体では150haほどある)は、なんと50区画以上に分けて管理されているという。今回はその中でも「登美 甲州」に使われた3つの甲州の畑のうちの2つを訪れたのだけれど、ひとつが、私が感動した「キュヴェスペシャル」が生まれた畑。ここはもともとはプティ・ヴェルドの畑だったという。

「日当たりが良く、水はけもいい、登美の丘のなかでもとびきりの畑です。本気で世界と戦える甲州をつくるために、ここに決めました」

決断をしたのは2014年で、実際に植え替えたのが2015年。どの方向に植えるか?  どのクローンが好適か? というところを決定し、実際に栽培を始めたあとは、枝を誘引する方向や樹勢の管理、いつ、どう果実を日光に当てるか、と試行錯誤を繰り返したという。

甲州は樹勢の強いブドウであり、その樹勢を適切にマネージすることで樹のエネルギーが枝葉ではなく果実に行きやすいようにすると高品質な果実を得られる。写真の果実付近の蔓の節と節との距離が短く揃っているのは、行き届いた管理の賜物

「さすがにそこまでのことを、農家さんにはお願いできないですから……」

自分たちで畑からやるほかない、と大山さんは言う。今回の「登美 甲州」にはこの畑のもののほかに、ワイナリーのショップ前にある南向きの斜面の畑の甲州、さらに小規模なもうひと区画の甲州がブレンドされているという。

ショップがある富士見テラス前の斜面に位置する垣根仕立ての畑も甲州を育てる。真南を向いた畑で、豊富な日照量を活かして育成し、収穫直前には果実を日光におもいきり当てギリギリまで成熟を促す
この畑のブドウ樹はよく見ると結果母枝が3本出ているなど独特の仕立てになっている。枝数を増やしてエネルギーを分散し、樹勢を抑えるのが狙い。一房のブドウの密度は低く、葉は大きい

「醸造法は以前から変えていませんし、一般的な甲州のそれとほぼ同じとおもっていただいていいとおもいます。畑でこれだけ変化がつけられるんです」

大山さんとともに、上記2つの畑のブドウを比較すべく、原酒とも言うべきワインも試した。棚仕立ての畑の甲州は高糖度なクローンだというが、樽香を想起させるような香りもあり(樽は使用していない)、ピンとした酸味と苦味のシャープでクールなワイン。一方、垣根仕立てのものは複数クローンのブレンド。注いだ瞬間から華やかな香りが広がり、余韻は長いが酸味の印象はまろやかで、温かみがある

付け加えて言えば、2018年以降、サントリーは甲州の畑をどんどん増やしている。これらは、農地法の関係などから、厳密な意味では「自社畑」と言えないものもあるが、すでに山梨県内自園、自社管理畑で18.6ha。日本のワイナリーとしては飛び抜けて広大な、No.1の甲州栽培者だ。

もちろん「登美 甲州」は登美の丘ワイナリーの甲州(のうちで特に優れたもの)でつくるワインだから、この拡大によって生産量が増える可能性は低い。しかし今後、登美の丘で得られた知見が他の産地にも影響を及ぼし、もっと生産量が多くて価格が控え目なワインの質も高めることは間違いない。

さらに、「登美 甲州」が成した甲州ワインの拡張はサントリー以外にも影響してくる可能性もある。

ワインのつくり手はよくブドウを絵の具に例える。絵の具の種類が多ければ多いほど、描ける絵の選択肢が広がるように、個性の異なるブドウがあればあるほどワインづくりは自由になる、という意味だ。個性の異なるブドウを得るためには、多様な畑、多様な栽培が必要なのはワインのつくり手なら皆、知っていること。ただ、それでじゃあ、畑を増やしましょう、となかなかならないのは、農地の取得の時点で簡単な話ではないし、土地があっても、どういう結果が予想できるか分からないままにブドウを植えるのは大冒険。冒険のリスクを減らす知識があっても、いざその冒険に旅立つにはお金も時間も人手も必要だ。だから、サントリーのような組織が、ここに先例をつくる意味は大きいはずだ。

サントリーは生産量の拡大とともに、国際的な第三者機関での高評価を積み重ねている

大山さんは「サントリーがこれをやったことで、他のワイナリーももっと畑に注目して、より良質な甲州が増えて欲しい」という。また、大山さんとの会話のなかではライバルと言える他の日本のワイナリーの名前が折々に出てきて、大山さんが憧れるつくり手やアドバイスをくれたつくり手、サントリーの甲州を高く評価してくれたつくり手のことが語られ、良好な関係性が垣間見えた。

探求と成果の共有によって歩んできたのが甲州ワインだ。今回、サントリーが手に入れた入場チケットは、もしかしたら甲州ワイン全体の入場チケットとなるかもしれない。(登美 赤編に続く