文=本間恵子 写真=栗本 光
プラチナが人気だと聞く。しかし、多くの人は高価だというイメージが先行していることで、なかなか手を出し難いジュエリーと思い込んでるのではないだろうか。それでは人生損をしている。ということで、本企画ではプラチナがほぼ初心者であるJBpress autograph編集長の鈴木文彦が、プラチナのオーソリティであるギンザタナカへうかがい、プラチナについての“ABC”を教わることにした。ギンザタナカを選んだのはプラチナの権威であるだけでなく、品揃えや情報も豊富。さらに入りやすい雰囲気のお店で、初心者やそれに近い人でも相談しやすいと考えたからだ。今回は、プラチナ・ジュエリーの中でも特に人気という「キヘイ」を題材に、デザインや価格、資産価値などについて話してもらった。それによると、プラチナ・ジュエリーは数十万円単位でも十分にいいものが買える。多くの人がイメージしているほど高くない、ということだった。決して富裕層だけのジュエリーではないのだ。プラチナに少しでも興味がある方は、まずギンザタナカで現状を教わり、感覚を磨くことからはじめれば、上級者への道もそう遠くないのかもしれない。
そもそも、なぜプラチナ? 今さら聞けない人気の理由
「僕、プラチナ・ジュエリー欲しいんですよ! 結婚指輪もプラチナなんですが、資産価値もあるらしいじゃないですか。その上、色合いもシックですよね。僕、肌も白くて、比較的モノトーンな格好をしていることが多いんですが、そんなときにもキラリと光るプラチナ。よさそうじゃないですか? 聞くところによると、そういう男性、増えてるんですよね? でも、恥ずかしながら鈴木文彦45歳。これまでジュエリーというものとは無縁な暮らしをしてまいりました。そんな入門者は、どこに相談に行ったらいいんでしょうか?」
というわけで、編集長が連れて行かれたのはこの分野の老舗中の老舗、ギンザタナカ。店頭でまずはプラチナ・ジュエリーをさわらせてもらい、テンションが高まる。さっそくスタッフに質問を浴びせかける編集長。「メンズのプラチナが人気と聞いたけど、どうしてなんですか?」
「それは今、チェーンがファッショントレンドの最前線に急浮上しているからなんです」と答えてくれたのは、ギンザタナカの石橋さん(以下、ギンザタナカ)。
「レディスのトレンドでは、プラチナ・ジュエリーは定番としてさまざまな着こなしに人気なんですよ」
その流れがメンズにも波及し、チェーンネックレスやブレスレット、そしてチェーンリングまでもが脚光を浴びているのだという。リモートワーク化が進み、リラックスしたスタイルで過ごす日が増えたことも一因といえるだろう。そこで出てきた新しいキーワードが「キヘイ」だ。
キヘイという名のスタイル
「キヘイ? 何ですかそれ。何を指す言葉なのでしょう?」
「キヘイとは、環をつないだチェーンを90度ひねったネックレスのスタイルのことです。表と裏を平らにカットして磨いているから、キラッと光沢を放つのが魅力なんですよ」(ギンザタナカ)
社団法人日本ジュエリー協会の教本によると、名称については諸説あり、鈴木喜平という人が考案したとか、騎兵隊の懐中時計の鎖に由来するなどといわれているが、はっきりとしたことは不明。ちなみに英語ではカーブ(curb)、フランス語ではグルメット(gourmette)。ともに馬具のハミにつける鎖を意味する。
「チェーンがトレンド入りして、プラチナのキヘイの人気が右肩上がりというのはわかりました。あと、知りたいのはやはり何といっても資産性ですよ。プラチナに投資する人もいるそうですけど、なぜなんですか?」
「それはプラチナに希少価値があるからなんです」(ギンザタナカ)
プラチナはそもそも埋蔵量が少なく、南アフリカなどごく限られた地域でしか採れない。これまで人類が手にしたゴールドの量と比較すると、プラチナの量はゴールドのたった30分の1しかないのだという。
「例えばそれを国際基準プールに注いだとしたら、ゴールドはプール4杯分はあるけれど、プラチナは足首がつかる程度なんですよ」(ギンザタナカ)
というわけで、それそのものに価値があるプラチナは、キング・オブ・レアメタル。価値は相場によって変動し、信頼性があるため、世界の多くの国でもキャッシュに換えることができる。プラチナ・ジュエリーは身につける資産なのだ。
変動するプラチナ価格を適用してジュエリーを買う
「相場があるんですね。ということは定価がないということ?」
実際にギンザタナカの店頭でショーケースをのぞき込んでみると、プライスタグに定価が書かれていないものも多い。キヘイもその日のプラチナ小売価格によって価格が上下するのだ。
プラチナの価格を毎日公表しているのは、貴金属を専門に取り扱う田中貴金属工業。そのグループ会社の1つであるギンザタナカでは、その日のプラチナ店頭小売価格(税込)を摘要し、販売価格が毎日変動するというから実にユニークだ。
「それでギンザタナカを紹介してくださったんですね! ということは、ぶっちゃけた話、安いときに買うということもできるわけだ。じゃあプラチナ小売価格が高くなって売りたくなったら、ここに持ち込んでもいいのかな?」
「もちろんです! 当社では“RE:TANAKA”というサービスがあって、品位(貴金属の純度)に応じてリサイクル価格でプラチナ・ジュエリーをお買い取りしているんですよ。リサイクル価格も相場と連動して毎日変わります。お買取したジュエリーは再販せず、溶解して再利用します」(ギンザタナカ)
「となるとすぐにも欲しくなってきたけど、プラチナのキヘイチェーンのデザインは1種類だけ? つけやすい長さや太さがあるのかな」
この日はたまたま店頭小売価格が数日来下がっていたので、編集長の目がキラキラしてきた。さっそくいくつか目の前に並べてもらう。
「最も一般的なのは、チェーンの環を1つずつつないで90度ひねり、表裏の2面をカットしたデザインですね」(ギンザタナカ)
これが一番よくあるキヘイ。シンプルなのでペンダントトップと組み合わせてもきれいに決まる。
チェーンの環1つに対して2つの環をつなぐ「ダブルキヘイ」がおすすめだという。このチェーンは隙間が少なく、環が密集して見えるのが特徴。ギンザタナカではダブルキヘイに6面カットをほどこした光沢の美しいチェーンや、お揃いのリングも並ぶ。
さらに、チェーンの環1つに対して3つの環をつないだ「トリプルキヘイ」は、12面ものカットを丁寧にほどこしているから、輝きが一段と鮮やかだ。トリプルキヘイの仕立てやカットには高度な職人技が必要とされ、目の肥えた人にも満足感十分。
「こうやって並べて比較すると、トリプルキヘイの職人技はなるほどすごい。華やかだから、奥さんとシェアしてつけるのもいいかもね。でも実際に身につけてみると、6面カットのダブルキヘイは落ちついた感じがするし、この存在感、サイズ感はいいですね。ブレスレットならこれが欲しいな……」
純プラチナのコインを胸元のアクセントに
編集長の盛大なるあれやこれやが始まってしまったが、こちらも見てほしい。キヘイチェーンとともに人気が高いのが、純プラチナを使ったインゴットの「コインバー」ペンダントトップ。純度99.95%という高品位のコインバーにPt900の枠をつけたもので、国際的な信頼性のある田中貴金属のネームも入っている。
また、オーストリア造幣局が発行する「プラチナウィーンコイン ハーモニー」は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で使われている楽器をモチーフにした繊細なデザインが特徴。これは800余年の伝統を持つオーストリア造幣局が初めて発行したプラチナ・コインなのだという。
よく知られている「メイプルリーフコイン」にもプラチナバージョンがある。カナダ王室造幣局発行の「プラチナメイプルリーフコイン」だ。
これらのコインはオーストリアやカナダの政府が保証する法定通貨だ。空前の低金利が続く日本では、資産保全のためにコインを購入する人は少なくない。そのコインをジュエリーとしても楽しめるようにしたギンザタナカのオリジナルコレクションなのだ。
「タイニーピンをラペルにつけさせてもらいましたが、紺やグレーのジャケットが引き締まる感じがしますね。しかもこのコインの話は、ちょっとした会食イベントなんかにつけて行ったら話題にできそうだなあ」
極めて高い、プラチナの融点
「僕は19世紀フランスの芸術を研究していたんですが、プラチナは現代的な素材、という印象があります。確かとても高温にならないと溶けないんですよね?」
お答えしよう。プラチナの融点は1768度と極めて高く、キャンプで焚き火に放り込んでも溶けない。つまり、溶かして加工することが非常に難しかったため、プラチナ・ジュエリーが欧米の上流社会を席巻したのは20世紀に入ってからだった。
「つまり、火事になったくらいではなんともないのか。蒸気機関の時代に名前が挙がらないのもきっとその耐火性のおかげですね」
ただルーブル美術館に所蔵されている「テーベの小筺」は、紀元前8世紀に作られた遺物で、プラチナのヒエログリフがあしらわれている。ファラオが所有した小箱だというが、これほどの昔にプラチナをどうやって細工したのかは今も解明されていない。
またメトロポリタン美術館所蔵のプラチナのシュガーボウルは、マリー・アントワネットの時代の1786年に作られたもの。この頃開発された、砒素でプラチナの融点を下げる方法を利用したとも考えられている。
「ワインの分野でも、背景にあるストーリーがわかると、僕はぐっと引き込まれるんです。ブドウがどう育ったとか、そのワイナリーはどんな人がやっているのか、とかね。プラチナも素材としての物語、加工の物語があるんですね」
その通り。プラチナの加工品は明治期に日本に渡来したが、白く優美なその輝きがことのほか日本人の感性に合っていたため、さまざまなジュエリーが日本の職人によって作られてきた。加工において日本はプラチナ先進国なのだ。
メンテナンスのポイントは「拭く」
「プラチナが20世紀のジュエリーを特徴づける素材だったというのは面白い。現代につながるモダンなライフスタイルは、プラチナとともに幕を開けたわけですね」
プラチナに引き込まれた編集長は、すでに購入後について考え始めていた。
「ジュエリーを購入するとき、デザインの良し悪しで選ぶよりも、プラチナは選びやすいのかも。デザインは結局、主観に任されてしまうものだからね。とはいえ、そんなふうに劣化しないわけですから、メンテナンスが必要なんでしょうか?」
キヘイチェーンやキヘイリングの手入れのポイントは「拭く」。メガネ用のクロスなどで皮脂や汗の汚れを拭き取ると、白い輝きがよみがえる。「ぬるま湯に少量溶かしたキッチンの中性液体洗剤で軽くすすいでもいいですよ」(ギンザタナカ)。プラチナは非常に安定した物質なので、錆びや変色の心配がないからだ。
ジュエリーとしての美しさに加え、資産性という魅力も備わったプラチナ。溶解して再利用もできるのだから、エシカルな意味でもまさに「今、手に入れるべきジュエリー」といえるだろう。
「お手入れも楽なんですね。うーん。やっぱり6面カットのダブルキヘイから始めてみようかな? 勝手に買ったら奥さんに怒られるかな? いや、このくらいだったら大丈夫か。あ、でも、長さや太さによっては、夫婦でシェアできそうだし、資産の話をすればよりいいかも! 今度、あらためて二人一緒にギンザタナカさんにお邪魔します!」