文=大住憲生 写真=山下亮一

グッチ|GUCCI 上:クラシックなダブルブリッジのアビエイター(飛行機の操縦士)スタイル。アセテートのフロントリムとゴールドメタル・テンプルの軽量構造 5万7000円(税別) 中:セミリムのキャッツアイ・シェイプ。ブローラインとテンプルの周りにはバンブー(竹)シェイプのモチーフが装飾された印象的なデザイン 5万9000円(税別) 下:アビエイターと比較すると、ティアドロップのシェイプが緩やかなパイロット・シェイプ。フレームの色にヴィンテージ感があり、かなりスタイリッシュなデザイン 4万9000円(税別)

ラグジュアリーに特化したアイウエア企業

 アイウエアは、これからの季節のマストアイテム。ラグジュアリーに特化したアイウエア企業、ケリング アイウエアの新作のなかから、グッチ、バレンシアガ、ブシュロン、モンブラン、ボッテガ・ヴェネタ、ブリオーニ、ポメラート、カルティエ、サンローランのハイエンドなアイウエアを紹介します。

 ケリング アイウエアは、フランスに拠点をかまえるグローバル・ラグジュアリー・グループであるケリングにより、2014年に設立。その3年後には、おなじくラグジュアリーカンパニーのリシュモン(本社スイス)とアイウエアの開発、製造、流通にかんするパートナーシップを締結し、リシュモンはケリング アイウエアの株式の一部を取得。デザインから製造、販売までを一元管理するビジネスモデルで、業界に変革をもたらしたアイウエア企業である。

バレンシアガ|BALENCIAGA ソフトなフィット感があるインジェクティッド(樹脂素材の流し込み製法)フレーム。レクタングル型フレームのトップバイザーにある、ブランドロゴのレーザー刻印がスポーティな印象 各3万 8000円(税別)

2020年度第1四半期決算

 ケリング・グループの2019年度の売上高は153億8260万ユーロ(約1兆8300万円)、営業利益率は30%超。傘下にはファッション、レザーグッズ、ジュエリー、ウォッチのメゾンがあり、なかでも対前年比13.3%増の売上と発表された中核のメゾン、グッチは、クリエイティブ・ディレクターのアレッサンドロ・ミケーレによる社会に訴えかけるクリエイションは刺激的なだけでなく、とにかく明るく楽しい。結果さらに多くのファンを獲得したようだ。またサンローランはあいかわらずの堅調で、14.4%増とグループの成長を牽引し、新任のクリエイティブ・ディレクター、ダニエル・リーによるボッテガ・ヴェネタは、2.2%増と新たな成長軌道を進みはじめた、としている。

 2020年第1四半期決算は、売上高が32億320万ユーロ、既存店ベースでは16.4%減と発表された。COVID-19パンデミックの影響が大きな打撃を与えたことは、いうまでもない。ブランド別の売上高は、グッチが22.4%減の18億410万ユーロ、サンローランが12.6%減の4億3460万ユーロ、ボッテガ・ヴェネタだけは、10.3%増の2億7370万ユーロだった。

ブシュロン|Boucheron 上:大ぶりなキャッツアイ・シェイプ。ファセット加工エナメルを使った、新しいアイコニックなセルパンボエムのドロップモチーフを採用。メタルフレームは特徴的な彫刻が施されたゴールド 14万円(税別) 下:こちらもキャッツアイ的スタイル。アセテートのアイブローにあるブシュロンを象徴するツイストチェーンのモチーフが、フロントの下側のリムとスリムなテンプルを引き立てている 10万9000円(税別)

COVID-19パンデミックへの支援対応

 ケリングのフランソワ・アンリ・ピノー会長兼最高経営責任者(CEO)は、「今年、すべてのメゾンは有望なスタートを切ったが、COVID-19の急速なパンデミックは、主要市場での業績に影響を与えた。私たちは、すべての事業の継続性と準備を確保するために取り組んでいる。コストベースの適応と資金管理の維持は、グループのすべてのレベルで実施される最優先事項。私たちの強固な財務構造と俊敏性によって、この難局は乗り越えられるはずだ。ケリングの将来への私の自信は、それぞれのメゾンの力強さと価値にある」と語った。

モンブラン|Montblanc ラグジュアリーブランドのコングロマリッド、リシュモンに属するモンブランは、高級筆記具のリーディングカンパニーとして知られる。質実剛健といったイメージにたがわず、アイウェアもまた凛としたうつくしさがある。折りたたみ式のアビエイター・スタイル 5万3000円(税別)

 COVID-19へのケリングと傘下メゾンの支援対応は素早かった。1月には、中国湖北省赤十字へ予防措置と医療の両方を通じてウイルスの蔓延を減らすため、750万人民元(約100万ユーロ)を寄付。そして、矢継ぎ早にイタリアのロンバルディア、ヴェネト、トスカーナ、ラツィオにある、主要な国立病院に200万ユーロを。イタリア国内と全世界へ向け、2つのクラウド・ファンディングに200万ユーロを。WHO(世界保健機関)の活動を支援する新型コロナウイルス連帯対応基金に100万ユーロを。フランス・パスツール研究所へは、COVID-19の研究支援と、パンデミックへの永続的対応のための資金を提供。また、アメリカの感染症対策当局の疾病予防管理センターを支援するため、連邦議会が設立した財団へ100万ドルを寄付した。

ボッテガ・ヴェネタ|Bottega Veneta 上:ファセット(磨き込まれた)アセテートのジオメトリック(幾何学的な)レクタンギュラー(角形の)サングラス。シャープな印象をあたえるデザイン 5万6000円(税別) 下:おなじくファセットアセテートによる、主張のあるジオメトリック・シルエット。テンプル(フレームの「つる」)の左側に、エンボス加工のブランドロゴがさりげない 4万円(税別)

 さらに、イタリア・トスカーナ州からの要請に応じ、医療スタッフ向けのサージカルマスクとガウンを製造。フランスの医療サービスのために、中国より輸入したサージカルマスク300万枚を寄付。パリ公立病院連合へは、医療品を迅速に大量生産するための3Dプリンター60台を購入する資金を提供。バレンシアガとサンローランは、週に1万5千枚のサージカルマスクを製造し、パリの病院で働く医療スタッフへ配布している。また、ロックダウン期間中に高まると予測される家庭内暴力のリスクにたいし、被害者のための啓蒙キャンペーンと募金活動、女性にたいする暴力対処のために活動する非営利団体への支援をイタリア国内において開始。ケリングでは、「女性にたいする暴力との闘い」を主要な課題のひとつとして取り組んでもいる。

ブリオーニ|Brioni 上:繊細なメタル製キャラバン(商隊、巡行団)シルエットのフレーム。フロント上部のナイロン構造によりフレームは軽量に仕上がっている 5万6000円(税別) 下:パントス(角がない丸みのある)シェイプのアセテート製フレームに、チタン製のサングラスをクリップオンするタイプ 10万3000円(税別)

ケリングのサステナビリティ戦略

 ケリングには、持続可能性最高責任者(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)というタイトルがある。グローバル・ラグジュアリー企業としての社会貢献、社会責任を負う真摯な振る舞いは、いまにはじまったことではない。2017年に発表した「Crafting Tomorrow’s Luxury - 未来のラグジュアリーを創造する」では、次世代のサステナビリティ戦略として社会的・環境的持続可能性を事業の中核に据えた。また環境改善、グループ内外の社会福祉の向上、将来を変えるイノベーションの推進を長期のコミットメントとし、サプライチェーンの上流を含む事業活動全体がもたらす影響についても、企業は説明責任と透明性をもたなければならないという認識をもつ。

ポメラート|Pomellato 上:やわらかでシャイニーなオパール色とクリアカラーとのアセテート製フレームは、ややオーバーサイズのバタフライ(蝶)フォルム 6万8000円(税別) 下:なめらかなアセテート製のフレームはラウンド・シルエット。テンプル(つる)とブリッジ(レンズとレンズとのつなぎ)はメタル製 6万8000円(税別)

社会への目配りと責任

 6月に入り、ミネソタ州で起きた白人警官による黒人殺害事件を受け、ケリングはアメリカでの人種に基づく差別の撤廃を進める団体NAACP(全米有色人種地位向上協会)、そして警察の暴力を減らすことを目的とした、Campaign Zero(警察改革キャンペーン)の活動に寄付を行う、と発表。そして尊重、平等、公平性を育むための取り組みと社内プログラムを日々開発し続け、同取り組みを継続的に行うことを約束する、とした。社会への目配りだけでなく、企業としての社会的責任を果たすべく社内の意識改革をも推し進めている。

カルティエ|Cartier カルティエのアイコニック・ウォッチ、サントスのケースからインスピレーションされたサングラス。トップバー、ブリッジ、ヒンジ(蝶番)にはウォッチ同様に「ビス」のモチーフがある 10万6000円(税別)

 また、同月に開催されたケリング定時株主総会において、元プルーデンシャルCEO、前クレディ・スイス・グループCEOで、南アフリカ共和国の新型コロナウイルス対策におけるアフリカ連合特使である、ティージャン・ティアム氏。元ゴールドマン・サックス・アジアのマネージング・ディレクターで、ブルームバーグ開催のニューエコノミー・フォーラム諮問委員会メンバー、アジア・ソサエティ評議員もつとめるジーン・リウ氏。女性の地位向上やジェンダー平等の活動家であり、ファッション業界におけるサステナビリティ推進に取り組んでいる、俳優のエマ・ワトソン氏の3名を取締役会に迎え入れ、ティアム氏には監査委員会の、ワトソン氏はサステナビリティ委員会のチェアとしても任命した。ピノーCEOは、彼らの知見や能力、様々なバックグランドや視点はケリングの取締役会にとって貴重な付加価値となる。多様な物事の視点やそれぞれの異なる経験によりもたらされる豊かな知識は、ケリングの将来にとって不可欠であり、グループの戦略的方向性を定義づけるうえで恩恵をもたらす、とコメント。ケリングはグローバル・ラグジュアリー・グループ企業として、社会におけるレゾンデートルの確立を怠ることはない。

 7月のリリースでは、2025年までに生物多様性におけるネット・ポジティブ・インパクト(Net Positive Impact=開発による生態系へのマイナスの影響を上回る代償措置を行うことで、全体の影響をプラスにすること)を実現するための、新たな生物多様性の目標を設定。そのひとつとして、100万ヘクタールの土地を対象に、環境再生型農業を支える基金”Kering for Nature Fund”を立ち上げ、ファッション業界における環境再生型農業への転換に向けた取り組みをサポートする、と発表した。

 チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼国際機関渉外責任者、マリー=クレール・ダヴーは、「ケリングの戦略が科学界と足並みをそろえ、率先して正しい道を進み、急務とされる行動をとっている、ということが重要」と発言。企業は自然にたいして好影響を与える、ネイチャー・ポジティブ・エコノミー(nature-positive economy=自然に有利な経済)へと移行するうえで、重要な役割を担っている、と。これは、2021年に生物多様性にかんする世界目標が策定されるのを前に、なすべきことをするという宣言だ。ケリングの社会への視野は広い。

サンローラン バイ アンソニー・ヴァカレロ|Saint Laurent by Anthony Vaccarello 上:レンズの上部が薄いメタルフレームになっている、若き日のボブ・ディラン好みのウェリントン型サングラス。ユニセックス・スタイル 4万6000円(税別) 下:ブロウラインがスポイラーフレームで強調されたキャッツアイ・シェイプ。タイムレスな魅力とモダンなデザインが融合した、マニッシュなスタイル 4万8000円(税別)

ファッション・ピースとしてのアイウエア

 ケリング アイウエア設立の理由は明快だ。これまで眼鏡は矯正器具といった認識があったため、ファッション業界においてそれは眼鏡専門企業でのライセンス生産が常識であった。が、ライセンス・ビジネスではディストリビューションのコントロール、デザインの決定やリリース時期の調整に手間取ることもあった。それらの解決策として、他のアイテム同様に内製化に踏み切ったのだ。今後アイウエアがファッションの一部として、ファッション・ピースとして存在感を増すであろうという予測があったことも確かだ。

 アイウエアの価格は、レディ・トゥ・ウエアと比較するまでもなく、エントリープライスである。つまり若年層がラグジュアリーを、メゾンを知るためのタッチポイントにもなる。未来のラグジュアリー像を構築するためのキイアイテムなのである。ケリング アイウエアは、メゾンが創作するレディ・トゥ・ウエアやレザーグッズ、タイムピース、ジュエリーとおなじくらいに刺激的なデザインのアイウエアを、しかもオンタイムでリリースできる態勢をつくった。そして、アイウエアの季節が到来した。