文=中井 治郎  写真=フォトライブラリー

祇園祭 

世界的VIPもただの「一見さん」?

 どのような街にもそこに語り継がれる都市伝説がある。なかでも京都には「これはたしかに京都でしか生まれないな・・・」と感心してしまうような噂話が多い。

 そんな京都らしい都市伝説には、たとえばこのような逸話がある。この夏に逝去したゴルバチョフ元ソ連大統領についての伝説である。

 ゴルバチョフ氏は現職ソ連大統領であった1991年以降たびたび来日し、京都にも訪れていた。そんな日本通ともいえる彼であるが、京都のある場所に立ち寄ったところ「かんにんしておくれやす」と門前払いを食らったというのだ。その場所とは、舞妓・芸妓が行きかう花街のお茶屋さんである。遠い国からはるばるやってきた世界的な超VIPであっても、花街のしきたりの前では「一見さん」に過ぎないというのである。

 真偽について詮索するのは無粋というものかもしれないが、いずれにせよこのような伝説がまことしやかに語り継がれる背景には、京都の花街文化を象徴する「一見さんお断り」という慣習の厳格さへの共通認識があるのは間違いないだろう。ほかの街の人間ならともかく、その噂を聞いて「そんなことありえない」と思う京都人はいないからだ。

 非常識だと憤慨する人もいるかもしれない。しかし、これがこの不思議な街の常識なのである。

 

京都に「一見さん」が帰ってくる

 さて、そんな「よそさん」の常識が通じない「ややこしい」街に、また大量の「一見さん」が帰ってくる足音が近づいている。

 久しく見ていなかった修学旅行生の制服姿を街で見掛けるようになり、7月の祇園祭は3年ぶりにほぼ完全な形での開催となった。そして、これもまた3年ぶりに行動制限のないお盆休みとなった夏を経て、京都を訪れる日本人観光客は本格的に回復しつつある。

「静寂の古都を満喫できた日々もいよいよ終わりか・・・」

 そんなため息もつきたくもなるが、シルバーウィークに突入した京都駅に立ち寄ってみると、すれ違いざまにひざを狙ってくる観光客のキャリーバッグをかわすのに精一杯で、静寂の日々を惜しむような悠長な感慨にふける情緒はもはや微塵もない。いよいよ、京都観光の容赦のない再始動を体感した次第である。

 あらゆる人々の営みに影響を与えたコロナ禍であるが、なかでも大きな影響を受けたのは観光産業であることはいうまでない。そのような意味では、これまで毎年5000万人以上の観光客が訪れていた観光都市・京都こそ、コロナ禍によってもっともその景色が一変した街といえるだろう。観光客が消えた静寂の京都は、コロナ以前の景色と比べるとまさに誰も見たことがない異界の情景ともいえるものだった。

 そして、そんな静けさのなかでじりじりと逼塞していた観光産業にとって、この観光客の回復は待ちわびたものであることは間違いない。そうであるならば、きっと観光都市・京都は街をあげての歓迎ムードにあるのではないかと思う人も多いだろう。

 しかし、事態はそう単純なものではないのだ。