文=酒井政人 写真提供=ナイキ

なぜ、深追いしなかったのか?

 2022年の夏、米国オレゴン州のヘイワード・フィールドに10000m日本記録保持者の姿はなかった。相澤晃(旭化成)は5月7日の日本選手権10000mを27分42秒85で完勝するも、オレゴン世界選手権10000mの参加標準記録(27分28秒00)を期限内に突破することができなかったのだ。

2022年5月7日、日本選手権10000mに出場する相澤晃(右)と田澤廉 写真=写真:長田洋平/アフロスポーツ

 6月5日にはオランダで行われた「FBK Games」に参戦している。エチオピアの代表選考会を兼ねた同レースは東京五輪金メダルのセレモン・バレガ(エチオピア)が26分44秒73の自己ベストで制すと、4位までが26分台という超ハイレベルとなった。相澤は28分17秒41の13位に終わり、オレゴンへの挑戦を終わりにした。

 実は6月22日のホクレン・ディスタンスチャレンジ20周年記念大会でタイムを狙うこともできたが、深追いはしなかった。それはなぜなのか。相澤は昨夏の東京五輪(10000mで28分18秒37の17位)を経験したことで世界を見つめる目が変わったという。

「東京五輪に向けて、僕は1~2年間ぐらいのスパンでしか準備してこなかった。世界と勝負できなかったのは準備不足だったのが大きいのかなと思っています。海外の選手は4年ぐらいかけて、狙うべき大会に向けて準備している印象がある。自分もそれくらいの期間をかけて臨まなくちゃいけないなと思っています」

 相澤は東京五輪10000mに出場して、世界トップレベルの選手との差を痛感したという。だからこそ、今度はしっかりと戦う準備をしてから、世界と対峙したいという気持ちが強いのだ。

 オレゴン世界選手権の男子10000mは田澤廉(駒大)が20位(28分24秒25)、伊藤達彦(Honda)が22位(28分57秒85)だった。国内レースは一定ペースで進むことが多いが、世界大会はスピードの上げ下げが非常に大きい。そのペースチェンジに日本勢は対応できなかった。相澤は世界との〝差〟をこう見ている。

「レースに対応するために変化走をやればいいという意見もあるんですけど、僕は根本的に実力の差が大きく要因していると感じています。日本勢は世界大会で上位に入る選手と比べて、自己ベストが30秒から1分ぐらい遅い。世界と戦うためには、まずは地力を上げるしかありません。ペース変化の対応などは、その次の問題かなと思っています」

 

目標は「26分台」

 男子10000mの日本記録は2020年12月の日本選手権で相澤が樹立した27分18秒75。一方で世界記録はジョシュア・チェプテゲイ(ウガンダ)の26分11秒00だ。その差は非常に大きい。近年はナイキの高速スパイクがタイムを押し上げていることもあり、来年のブダペスト世界選手権の参加標準記録は日本記録を上回る27分10秒00に引き上げられた。それでも根本的な実力差を埋めるために、相澤は高い目標を掲げている。

「自分のなかで10000mの『26分台』はひとつの目標であり、世界と勝負するためには達成しなくちゃいけない記録だと思っています。26分台を出せば世界で通用するというわけではないんですけど、いまだ26分台で走った日本人選手はいないので、第1人者でありたいなという気持ちはあります」

 相澤は東洋大時代に箱根駅伝で大活躍して、花の2区で区間記録を打ち立てた。大学時代にマラソン出場を本気で考えたこともあるが、2024年のパリ五輪までは10000mに集中するつもりだという。

「パリ五輪はマラソンで出場したい気持ちがあったんですけど、今は10000mで目指したいという気持ちが強いです。本気で10000mを目指してやってきた期間が短いですし、やり残したことがある。自分でもまだまだ伸び代を感じているので、2年後のパリ五輪まで突き詰めていきたいです」

 現在は夏合宿で走り込みをしている相澤は強くなるために、ナイキの様々なモデルのシューズを履いている。ジョグはクッション性の高い『ズームX インヴィンシブル ラン』、芝生などの不整地は『エア ズーム ペガサス39』を着用。ポイント練習は『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト% 2』をメインで使用してきたが、今後は今夏に発売された『エア ズーム アルファフライ ネクスト% 2』も履いていきたいという。

「キロ3分20秒を切って走るときは結構出力が必要になるので、最近は距離走でも『ネクスト% 2』や『アルファフライ 2』を着用することが多いですね。トラック練習でもキロ3分05秒~3分00秒くらいの遅めのペースなら両モデルを使用しています。距離や強度に合わせてシューズを使い分けるのは大切ですし、僕はよいシューズを履いて、よいペースでトレーニングしたいので、自分に合うシューズを選ぶようにしています」

 トレーニングの内容に最適なシューズを選んで、気持ちよくスピードを上げていく。それが相澤のスタイルだ。そして日々のストレッチを欠かさず、週2回ほどは治療院に通う。最近は自費で購入した超音波治療器でセルフケアも行っている。

「たとえ走れなかったとしても、自分のなかで納得して終わりたい。そのためには最大限の準備をするのが大切だと思っています」

 

パリ五輪の後は〝マラソン挑戦〟

 2024年のパリ五輪をトラックの10000mで目指している相澤。その過程でどんなタイムが生まれるのだろうか。そしてパリ五輪の後は〝マラソン挑戦〟が待っている。

「パリ五輪が終わった後、まずは秋にハーフを走って、マラソンは翌年の春先に走れたらいいかなと思っています。どの種目もそうなんですけど4年間ぐらいは必要なので、いきなり世界を意識するのではなく、まずはマラソンを1本走って、次々と上のステージに挑戦したい。しっかり経験を積んで、マラソンを突き詰めていきたいですね。オリンピックのメダルが最終目標ではあるんですけど、日本人が出してない2時間3分台や2分台というところにも挑戦していきたいです」

 世界のマラソンは高速化が顕著になっている。10000m26分台のスピードを持つ日本人ランナーがマラソンに臨む日は遠くない。