文=友廣里緒

20世紀の建築や工業デザインに大きな影響をもたらした、ジャン・プルーヴェの作品120点を集めて話題の『ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで』。東京都現代美術館で7月16日(土)から10月16日(日)まで開催されている。また、同時期に京都の「ノードホテル」でも 『Rester Jean Prove』と題した展示が行われている。展示開催に合わせて京都を訪れていた企画者の一人である、アートディレクターの八木 保氏に話しを聞いた。

八木 保(やぎ たもつ) 1984年に渡米、アメリカのアパレルメーカー「エスプリ」のアートディレクターを担う。 その後、サンフランシスコに「Tamotsu Yagi Design」を設立。 1995年にサンフランシスコ近代美術館(SF MoMA)開館時に個展を開催。 以後、100点以上の作品がサンフランシスコ近代美術館のコレクションとなる。 2000年にスティーブ・ジョブスと共に、アップルストアのコンセプトおよびコンサルティングを手掛ける。 2011年、JAPAN HOUSE Los Angelesのクリエイティブディレクションを担当する。現在はカリフォルニアを拠点に、世界中でさまざまなプロジェクトに携わっている。 ジャン・プルーヴェ展のほか、目で食の世界を味わう展覧会 「eye eAt 展」も京都で開催中。 近著に『CHARLOTTE PERRIAND and JEAN PROUVÉ・A COLLECTION of TAMOTSU YAGI』(CHARIOTS ON FIRE PRESS)など

​アップルのジョブズとともに

 八木氏はアメリカを拠点にし、アップルのスティーブ・ジョブスと一緒に仕事をした数少ない日本人の一人として知られている。アップルストア全店のコンセプトの基盤となった1号店の内装を、ジョブスとともに手がけ、その後の出店店舗のアートディレクションを担当した。

 日本経済新聞でも「アップルは、顧客とのあらゆる接点をデザインした」と評されるほど、企業戦略の中心に「デザイン」を据えてきたジョブス。この世界を魅了した「信仰」とも言える強いデザインへの期待の一翼を担ったのが八木氏だ。

 八木氏は、ジョブスから仕事の依頼を受ける契機となった、アパレルメーカー、エスプリをはじめ、インテル、パーム、イタリアのベネトン、日本のワールドなど、長年多くの案件を抱える傍ら、プライベートでは家具が好きで、コレクションしてきた。

 その中でも、最も多いもののひとつがジャン・プルーヴェだ。

「プルーヴェの作品を初めて見たのはパリでした。一目見て、それまで見たことのない形、素材、色の使い方に惹かれたんです。でも誰の作品かもわからず、パリからサンフランシスコに戻って聞いてみたのですが誰も知らなかった。結局世界の情報の中心地だからとNYにまで手を広げて探したら、一軒だけ取り扱っているところがあることがわかったんです。最初はそこで買いました」

《「ゲリドン・カフェテリア」組立式テーブル》Yusaku Maezawa collection 《「カフェテリア」チェア No. 300》Laurence and Patrick Seguin collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

新鮮な素材の組み合わせ

   代表的な作品のひとつ「スタンダードチェア」は、1934年にフランス、ナンシーの大学都市のコンペに合わせて誕生した。薄くスライスした木材を積み重ねて接着した合板、プライウッドとスチールという素材の組み合わせは、当時新鮮で驚きをもって称賛された。

 また、負荷のかかる前脚と後脚に、細いスチールパイプと幅広の三角形を採用し、耐久性を考慮した構造美が、プルーヴェデザインの特徴となった。

「椅子って面白いですよね。ジャン・プルーヴェは、”家具をつくることと家を建てることに違いはない。 それらの材料、構造計算、スケッチはとても似通っている。”という言葉を残しています。素材の使い方についても色んな可能性がある。第二次世界大戦で鉄がなかったから木をつかったりしているところも時代を描写していて興味深い」

 造形的な美しさにとどまらない、機能や耐久性への飽くなき追求は、使う人への優しさも醸し出す。八木氏もまた、プルーヴェの構造美の虜だ。

「座面が少し後ろに傾斜しているので座りやすかったりしますよね。こういう意識を感じるとほっとします。学校に熱心に取り組んできたのにも共感が持てます。子供のことを考えると自然と安全性は大事になってきますし。そして、カラーパレットも魅力ですね。家の中に色があるだけで随分生活が変わると思います」

《「S.A.M.」テーブル No. 506》Yusaku Maezawa collection 《「メトロポール」チェア No. 305》Laurence and Patrick Seguin collection 《キャビネット BA 12》Laurence and Patrick Seguin collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

「こういうものを残していかないと」と改めて感じた

 今回の東京都現代美術館における大型展示のきっかけとなったのは、パリで行われたLVファンデーションによるシャルロット・ぺリアンの企画展だったという。ぺリアンも、プルーヴェと同時期に活躍したデザイナーだ。

「そこで、今回の共同企画者のパトリック・セガンと出会ったんです。彼も熱心なコレクターで、改めて、『ジャン・プルーヴェも後世に語り継がれるべき』と意見が一致しました。使い込んだものも多いですが、『人に使われるから残っていく』んだと。プルーヴェには、『タイムレス』な空気が流れていて、何よりの魅力。後世に伝えていきたい」

《F 8×8 BCC組立式住宅》Yusaku Maezawa collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924

 国内の有力コレクターの一人、前澤友作氏の協力もあり、約120点を集めることができた。

「この機会に大好きな京都でも何かできないかと思いました。今の京都には、伝統文化を背負いながら、自分たちで何かをしようという熱い空気を感じます」

 こうして京都でアートをコンセプトにしたホテル、「ノードホテル 」での企画に繋がった。

京都の「ノードホテル」

自分のアイデンティティを確認できる京都

 八木氏は、1984年に米国に渡ってから年2-3回は訪れてきたという京都通だ。

「京都は食べものが美味しいし、普段アメリカにいると忘れそうになる日本の作法や四季を取り入れる習慣があります。京都を訪れるたびに、自分のアイデンティティを確認しているのかもしれません」。

 世界をまたにかけて研ぎ澄まされた感性と、知見が交わされて実現したのが今回の展示のようだ。

「いいデザインにはパワーがあります。ワインは飲まないとわかりません。新しいデザインも、体感しないとわからないと思うんです。今回座ることはできませんが、ぜひ、出来るだけ近づいてみて、テクスチャ、素材の魅力を感じていただきたい」

《「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)》Lourence and Patirick Seguin collection © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924