日本だけでなく世界に影響を与えたYMO。日本でのチルドレンに加えて海外にもこんなチルドレンがいた。

12月25日にリリースされたライヴ・アルバム『YMC #01』

 イエロー・マジック・チルドレンのCDがリリースされた。イエロー・マジック・チルドレン=Yellow Magic Children(以下YMC)は、今年2019年に結成されたイエロー・マジック・オーケストラ〜YMOのトリビュート・バンド。バンド・マスターの高野寛をはじめ、高田漣、ゴンドウトモヒコ、網守将平、沖山優司、白根賢一というYMOを聴いて育ち、それぞれがプロのミュージシャンになってからはYMOとそのメンバーとの共演の経験もたっぷりのチルドレン世代の音楽家によって結成された。

 そのYMCは今年の3月14日に東京の新宿文化センター大ホールでコンサートを開催。ゲストに宮沢和史、野宮真貴、カジヒデキ、片桐明人、DAOKO、HANAなど10代から50代までの多彩なシンガー、ミュージシャンも招いた。その中には本当にYMOのチルドレンである坂本美雨、さらにグランド・チャイルドである細野悠太までいるということで大変な話題になったのは記憶に新しい。その一夜限りのコンサートの模様が『YMC #01』というライヴ・アルバムになったのである。

 と、なんだか他人事のように書いているが、このイエロー・マジック・チルドレンの始まりは、昨年2018年にYMOが40周年を迎えたのを機に、何かお祝い的なことができないだろうかと、ぼくや高野寛さん、音楽プロデューサーの牧村憲一さんら有志が考えたこと。

 当初はYMOゆかりの若い世代の音楽家がみんなで集まってYMOのトリビュート・コンサートをやりたいぐらいの軽い気持ちだったのだけど、参加メンバーがひとりひとり決まっていくうちに、これはもっと大事な企画だということに気がついた。

 というのも、YMOに影響を受け、薫陶を受け、共演などもしているそれぞれのアーティストの、一人一人の音楽性が多彩というかバラバラというか、同じ種子を体内に宿しているはずなのに、その芽吹き方が全然違う。

 これはどういうことなのだろうと考えて、それはYMOの遺伝子というものがあるとするなら、その遺伝情報は複雑かつ多様性を持ったものなのだろうと思い至った。であるならば、同じ遺伝子から、あるいは同じ種子から発展したもの、咲いた花の多様性もあらためて、みんなに披露してもらうのがいい。

 そう考えて、YMOのカヴァーをやるだけでなく、参加アーティストにはそれぞれ、ご自身のオリジナル曲も1曲やってほしいとお願いすることにした。

 それがまた面白かった。ある人はYMOのメンバーに作曲してもらった曲、あるいはプロデュースしてもらった曲、はたまたYMOからの影響をそのまま出した曲、本人が言わなければYMOの影響とは気づきにくい遠縁のような曲とさまざま。

3月のYMCコンサート出演者(撮影:三浦憲治)

 しかしYMOのカヴァー曲に挟まれてそれら色とりどりの花が披露されると、やはりそこには一つのトーン、もしくは通奏低音のような共通する空気が立ち昇ってきたのは見事だった。これには当日見物に来てくれたYMOの細野晴臣さん、高橋幸宏さんもびっくりだったのではないだろうか。

 そんな当日の様子はぜひCDで確認してほしいのだけど(BDで映像もついている限定盤もあり)、このYMOの遺伝子情報の拡がりがコンサートの後もどんどん発展しているところがまた楽しい。

 YMCコンサートの最年少ゲストである13歳のHANAちゃんは、縁あってコンサート後にある映画のエンディング曲を歌うことになり、その曲のドラムはなんと高橋幸宏さんが叩くことになった。

まだ13歳のシンガー、HANAちゃん(撮影:三浦憲治)

 また、2018年に紅白歌合戦に出演するなど、日本のポップス界のメインストリームでも活躍するDAOKOは、プロデューサーとして信頼する片寄明人とともにYMCのコンサートに出演。DAOKOゆかりの人の紹介でYMCのバンマスである高野寛がその音楽にあらためて触れてみたところ、YMOの遺伝子を感じ、リサーチしてみるとプロデューサーが片寄明人で納得したのだが、実は彼女の父はグラフィック・デザイナーで、1980年代にはYMO関連のデザインを行なっていたという縁まであった。

 そのDAOKOはこのYMCのイベントで初めて生のバンドと共演し、その楽しさに目覚めて以降、片寄明人のサウンド・プロデュースのもと、YMCバンドのキーボーディストである網守将平をアレンジャー、キーボーディストに迎えて新しい形のコンサート活動を行うようになった。

 ここからはまた新しい色の花が咲いていくに違いない。

YMCコンサートがきっかけで新しい表現にトライしたDAOKOとプロデューサー片寄明人、キーボードの網守将平(撮影:三浦憲治)

 そしてまた、YMCのコンサートに参加したミュージシャン以外にも、もちろんその遺伝子を持ったアーティストはいっぱいいる。日本はもちろん、世界中にいる。

 今年の細野晴臣さんのアメリカ・ツアーのロスアンジェルス公演にゲストで出て日本語で細野曲を歌ったカナダのシンガー、マック・デマルコなど欧米にはもちろん多いが、最近話題になっているのがある若い中国人女性アーティスト。

 北京で生まれ育った中国人クリエイターのSaku=静電場朔(せいでんば・さく)がそうだ。

中国から出現したYMOチルドレンのSaku

 現在、日本と中国の2カ国で現代美術家、映像作家、デザイナー、作家、モデルとさまざまな分野で活動する彼女はシンガー、ミュージシャンとしても活躍していて、去年、自身のユニット“問題児(Question Child)”で細野さんの1976年の曲「イエロー・マジック・カーニバル」の日本語でのカヴァーを発表して中国でも大きな話題となった。なにしろ彼女の中国SNSでのフォロアーは50万人以上だ。

 また、彼女の日本滞在の様子を自身のイラストと文章で綴った最新の著書『Tokyo Galaxy』には、来日当初の彼女の寮の部屋が描かれており、その壁にはYMOのポスターがちゃんと貼ってあったりする。

 さっそく話を訊きに行った。

「私は北京で生まれ育ったのですが、父がペルシア語の専門家ということもあり、小さい頃から中東をはじめとして世界のいろいろな場所を体験しました」

 幼少の頃より海外への関心が強かった朔さんと、日本の文化の出会いはアニメーションだった。幼稚園の頃から日本のアニメはテレビで流れて観ていたが、それらは外国のものとは認識しないまま。

 ところが小学校高学年の時に『新世紀エヴァンゲリオン』を観て、大きなショックを受け、日本の文化に対する強い興味を覚えたそうだ。

「日本語も勉強したいと思いました。中国語の字幕ではなく、オリジナルの日本語音声で作品を観賞したいと思ったんです」

 アニメーション、漫画、キャラクター・デザインから始まった日本への興味はやがて音楽にも向いていくことになる。

 中学生の時、日本のポップ・ミュージックに初めて出会った。当時北京で人気だったいわゆるヴィジュアル系の日本のアーティストが最初。なによりもその異相、まさにヴィジュアルに興味を覚えたのがきっかけだそうだ。

 当時、北京にはマニアックな音楽ファンが集まるレンタルCD、DVDの店があり、朔さんはやがてそこの常連となる。

「音楽に詳しい大学生やお店のマスターとも仲が良くなり、いろんな音楽を教えてもらいました。その中で特に興味を惹かれたのが戸川純さん。アルバム『玉姫様』のジャケットを見た瞬間に心を打たれました」

 クラシックや中国伝統の歌劇(戯曲)の演奏や歌を習いつつ、戸川純や椎名林檎といった日本のオルタナティヴな音楽への興味を増していく。

 そして、中国最高峰のメディア、コミュニケーションの学府、中国伝媒大学に進学して出会ったのが細野晴臣やYMOの音楽だった。

「YMOも人民服を着たヴィジュアルを最初に見て、これもヴィジュアル系だと思って聴いたんです(笑)。お化粧もしてたし。大学には音楽に詳しい人がたくさんいました。YMOの3人の名前はみんな知っていて、日本の音楽の神様みたいな人だと教えてもらい、音楽を聴いてすぐ好きになったんです」

 面白いのは細野晴臣のユニット“ティンパンアレー”とYMOを間を置かずに知ったこと。

「ティンパンアレーの音楽にはとても中国っぽさを感じました。ただ、そのぶん中国人の私にとってはレトロな感じもしました。それに対してYMOは中国〜東洋っぽさもあるけど同時に新しい。エレクトロニックでヴォコーダーの歌声にも惹かれました。私はこんな音楽があるんだ!って」

 YMOはそれこそ朔さんが生まれる前のバンドだったが、その音楽には古さはまったく感じなかったという。

「中国や東洋の要素がたくさんあるのに、同時にクールなダンス・ミュージックでもあるところがYMOはすごいなと思いました。それまで、どうしても自分のルーツである中国や東洋の要素は、西洋のものと比べてクールじゃないという思い込みがあったんです」

 大学卒業後、日本でキャラクターや映像の勉強をした彼女は音楽の分野でも精力的に活動し、前述の「イエロー・マジック・カーニバル」のカヴァーを歌い、PVも自分で監督した。今年、彼女は新しいユニットDiANを結成し、ただ今その新作の準備中。ライヴ活動も2020年には活発に行うそうだ。

「21世紀のクールなアジアの音楽を作りたい。YMOのように、アジアの要素を出してもカッコよくなれるんだということを継承したい。私のようなアジア人が誇りに思えるような音楽。欧米人が聴いたときに、アジアってカッコいいんだなって思えるようなものを作っていきたいと思っています」

 中国と日本の両国での活躍から、アジア、そして全世界での活躍に羽ばたいていくだろう静電場朔には、まちがいなくYMOの遺伝子が受け継がれており、彼女ならではの色鮮やかな花を咲かせてくれるだろう。

今年行われた上海での個展「化け物吐息」で
今年の新潟越後妻有『大地の芸術祭』に出品した作品「勿体無」と