文=萩原輝美

ファッションの力で生きる希望を与える

 コロナの感染が落ち着いてきた2月末からロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。パリ・プレタポルテコレクションを主催するクチュール協会は、「こんな時こそ、ファッションの力で生きる希望を与えたい」とメッセージを発表し、3月の秋冬コレクションを予定通りスタートさせました。

 また、ルイ・ヴィトン社は「Louis Vuitton for Unicef」を通じてウクライナ危機の影響を受ける子供たちのために、いち早く100万ユーロ寄付することを宣言しており、それも大きな話題になりました。

 ルイ・ヴィトンは1821年創立したブランドです。現在はファッションブランドとして世界中の人に認知されていますが、スタートはトランク工場でした。そして、当時の富豪たちが優雅な長旅に使う移動可能な家具のようなトランクを作り、世界中の王侯貴族から重用されたのです。現在の主力のひとつであるハンドバッグの生産を開始したのは、それから約70年後の1892年からになります。

 近年では、1987年にシャンパンメーカーのモエ・ヘネシーと合併してLVMH(モエ・ヘネシー・モギビッシュルイ・ヴィトン)グループの中核を担い、フランスを代表するラグジュアリーブランドとして不動の地位を確立しています。

 そして、プレタポルテに参入したのは98年。わずか24年前、デザイナーにアメリカ人のマーク・ジェイコブスを起用しウイメンズのファーストコレクションを発表したのです。ルイ・ヴィトンのバッグを持つ女性を、全身、すなわちトータルのスタイリングで見せることは大切なアプローチでした。

 この時のランウェイは、マークが得意とするガーリーな女性をイメージしたフレッシュなコレクションだったことを覚えています。オートクチュール時代からのヘリテージを大切にする、パリ老舗ブランドと一味違うテイストのアプローチでした。

 以降、ルイ・ヴィトンのコレクションはシーズン毎にモードなラグジュアリーブランドとなり、発表の方法も意表を突くスケールとなりました。ルーブル美術館の中庭に設営された会場にオリエント急行を走らせたり、噴水が出る庭園を作ったり、メリーゴーランドに乗ってモデルたちを登場させたり・・・服だけではなく演出も夢いっぱいに広がるコレクションで、それはファッションウィークのトリに相応しいものでした。

 

クリエイティブディレクターはニコラ・ジェスキエール

 2014年秋冬からは、ニコラ・ジェスキエールがウィメンズ アーティスティック・ディレクターに抜擢されウイメンズコレクションを発表しています。ニコラは26歳で老舗クチュールメゾン、バレンシアガのクリエイティブディレクターに抜擢され、メゾンをモダンなブランドに変身させた実力の持ち主です。

 ニコラはヘリテージ(歴史)とフューチャリスティックを今の時代にバランス良く取り入れるコレクションが得意。クラシックな要素をぐっと今っぽく未来的な感覚で表現します。

 22年春夏のコレクションでは、19世紀後半に流行したクリノリン(ワイヤーでスカートを膨らませた)スタイルに着目しています。当時、ルイ・ヴィトンはクリノリンドレスを持ち運ぶための貴婦人用トランクを受注していた、というエピソードからの発想です。

 テーマは「仮面舞踏会」。いつものルーブル美術館の会場にはシャンデリアが飾られました。クリノリンドレスを着たモデルはジェンダーレスを意識したオーバーサイズのジャケットを羽織って会場を闊歩します。透け感のあるレースやチュールのドレスにはデニムを合わせ、レースアップのサンダルを履いており、リアルアイテムとして魅力的でした。

 ニコラは「このプレタ・ポルテコレクションをクチュールの入口として位置付けたい」と言い、さまざまな時代のワードローブをカルチャーミックスで優雅なリアルモードに仕立てあげたのです。

 続く2022秋冬は、「個性を形成する10代のような自由な発想で、無限のミックスマッチを表現した」コレクションを発表。

 ボリュームアウターに太いパンツやミニドレスを合わせ、制服のようなネクタイやジャンバースカートをモードなガーリールックに仕上げています。さらに、アシンメトリーのジャンバースカートのヘム※1は自由に揺れ、ビッグなラガーシャツの下から重なるシフォンスカートにはスニーカーを合わせています。トップスからぺプラム※2に横に広がるボーン※3を入れたベストなどユニークなアイテムも印象的でした。それは、若者の可能性と未来への希望に向けたコレクションといえるものでした。

 創業者ルイ・ヴィトン氏が1854年設立した当時に掲げた「旅の真髄」の精神は、時代を超えて継承され、ニコラ・ジェスキエールによって未来へと発信されてゆくことでしょう。

※1ヘム  布製品の裾や袖を折り返した部分。

※2ぺプラム   ウエスト、腰周り辺りに付けられた裾に向かって広がった飾り(デザイン)のこと。

※3ボーン V字形を縦横に連続させた文様。