金属が擦れ合う音とともに瀟洒なクルマが目の前を走り抜ける。その後姿を追うと、オイルとガソリンの香りに包まれる。クルマ好きにとっては、夢の世界が現出したかのような一瞬。しかし、いまの時代、そういった個人の趣味が起こしうる害をおもって眉をひそめる人も少なくはないだろう。

その反応は本当に正しいのか? 我々は本当にオイルとガソリンの香りのしない最新のエコカーに乗るべきなのか? 今一度、そこを考えてみないか?

今回、環境問題を教えてくれる人たち。左から
名古屋大学 環境学研究科 谷川寛樹 教授、株式会社セイコー自動車 代表取締役 清金誠司氏、立命館大学 理工学部 山末英嗣 教授。オートモビルカウンシル2022の会場にて。

 古いクルマ=環境に悪いは、単純すぎる!

「自分がしていることが、社会的に正しいなんて、まさに目からウロコでした……」

そう語るのは、清金誠司さん。広島県にある、初代マツダ ロードスター(NA型)と2代目(NB型)に特化したレストア工房「セイコー自動車」の社長だ。父親から引き継いだ鈑金・塗装を中心とした自動車修理工場を2020年にレストア工房へと変えた。

広島では名のしれた、評判のいい自動車修理工場。しかしその背後には、何十年も変わらない下請け工場ならではの自転車操業的激務があった。さらにクルマ離れと安全性向上で修理依頼が減り、シェア争いまで予想される。このままでいいのか? 高い技術力を誇る職人が、磨いたその技を発揮し、クルマ好きが笑顔になる。そんな場所を夢見て、レストア工房への転換を敢行したのだった。

ベテラン揃いのセイコー自動車。技術の確かさと、生真面目な努力の甲斐もあって、お客さんも増え、クルマ好きと濃密な時間を過ごすようになってきたところで出会った人物が「都市の重さを計っている」という名古屋大学の谷川寛樹教授だった。

「昔からずっとロードスターには憧れがあって、定期的に欲しい熱に罹患するんです。最近も発熱して、オークションサイトで試しに入札したら、それで落ちちゃって……」

と谷川教授は言う。落札したのはNAの700台限定モデル『VR LIMITED』で広島にあった。ただ状態はそれほど良くなく、そのまま乗って帰る、というのも心配。

「それでせっかくだから広島で直そうとおもって、検索したら、どう検索してもセイコー自動車さんが出て来るんですよね……」

ということで、持ち込んだ。清金さんのSEOの勝利である。学生の頃から、ジムカーナなどモータースポーツが趣味だったという谷川教授は清金さんとすっかり意気投合。そこで「ストック型社会」という自らの考え方を清金さんに紹介するのだった。そして、この考え方に照らしてみると、旧車のレストア業というのは、実に理にかなった、豊かでサステナブルな社会を実現するためになくてはならない存在だ、と。

それが、清金さんの冒頭の発言につながる。

2世代合わせて72万台ほどが生産されたというヒットモデル マツダ『ロードスター』のNA&NB。1989年にNAが登場し、NBへとバトンを繋いだのが1998年。そのNBが造られたのは、3代目、NCが登場する2005年まで。最新でもいまから15年以上前。最古なら30年以上前のクルマ。当然、環境性能は相応に低い。清金さんに限らず、誰だってそうおもうはず。が、環境問題を研究する学者が「それでは単純すぎる」と異を唱えたのだった。

長く使うことで豊かになる社会

ストック型社会という発想は以下のような道筋から導き出される。

我々は森林がCO2を削減するのに役立つ、ということは知っている。しかしそれは樹を植えることでCO2が消えてなくなる、という話ではない。CO2は植物の枝や幹、根へと姿を変えているだけだ。だから、その樹を燃やしたり、土に還したりすれば、CO2は再び大気中に戻る。

スキマ風が入る木造の家屋を破壊し、そこに断熱性や電力効率に優れた鉄筋コンクリートのスマートな家を建てたとしよう。快適になったうえに、環境にもよいことをした気分になるだろう。しかし、それで木造家屋の建材が焼却された場合、それが保持していたCO2は大気中に戻る。そうなると、木造建築で暮らしていたほうが、あるいは、木造建築を暮らしやすいように一部、アップデートしたほうが環境によかった、という可能性が浮上する。

「コンクリートに使うセメントの原料は石灰石ですが、これをセメントにする際には、CO2が出ますしね。」

セメント生産時の化学反応と加熱で発生するCO2排出量は、世界のCO2排出量のおよそ8%を占め、これは航空交通産業の排出量より倍以上多い。

「ただ、コンクリートの表面は、空気と接触しているとCO2を吸っているんです。吸収されたCO2は炭酸化されてセメントの一部になる。どれくらい吸収するかっていうのは世界的な議論があるのですが 、僕らが計算しているのは、じゃあ日本全体でどれくらい、コンクリートの表面が露出した部分があるのか? この計算の現在までの結果によると、日本でセメント生産で出るCO2の6%から7%程度は年間吸収しているとおもわれます。こういうことを僕は研究しているんです。」

この結果が示すように、一旦造ったコンクリート建築を破壊し、そこにまた別のコンクリート建築を建てる、というのが、環境的効率でいうと非常に悪い。いったん建物に使ったコンクリートは、ほとんどリサイクルできない。

そして、コンクリート建築にかぎらず、造ってはすぐに捨て、また造る、というサイクルの社会の在り方を、谷川教授は「フロー(flow)型」社会と言う。

ストック型はこの反対の考え方だ。一度造ったものを、修理、マイナーチェンジ、アップデートしながら長く使い続ける。すでにあるものを使えるわけだから、破壊と生産に起因する環境的負担が少なく、また、せっかくお金をかけて造ったものを、お金をかけて壊して、さらにお金をかけて別のものを造るよりも、おそらく経済的にも合理的だ。つまりその分、富がストックされる、というのが谷川教授の主張だ。

そして、この考え方をさらに補強するのが、資源採掘に潜む問題を指摘する、立命館大学の山末英嗣教授。山末教授は低炭素のためなら、何をしてもいいのか? と問う。