文=三村 大介 撮影=JBpress autograph編集部(クレジット以外)

「建築界における一匹狼」

「私、失敗しないので」

 某大人気テレビドラマの主人公のキメ台詞である。

「群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、専門医のライセンスと叩き上げのスキルだけを武器に突き進むフリーランスの外科医」である彼女の痛快な活躍には、紋切り型のフォーマットだとは分かっていても、毎回カタルシスを感じる。ある意味、現代版「この紋所が目に入らぬかぁー」の『水戸黄門』といったところだが、それとの大きな違いは『水戸黄門』が黄門御一行というようにチームであるのに対し、この外科医は一匹狼であるということだ。

 一匹狼・・・誰かと行動をともにするのではなく、自ら好んで単独行動をする、自発的に集団と距離を置く人。クールでストイック、媚びない、ブレないといったそのイメージは誰もが気になる(少なくとも私はすごく憧れる)存在である。

 さてここで、「建築界における一匹狼」と言ったら、みなさんは誰を思い浮かべるだろうか。実際にそうなのかはこの際さておき、恐らく、多くの人がこの人、「安藤忠雄」の名を挙げるのではないだろうか。今回はそんな孤高の建築家、安藤忠雄のお話。

 

学校に通わず、独学で1級建築士に

 安藤忠雄は言わずもがな、日本を代表する世界的建築家であるが、その作品はもちろんのこと、彼自身の立身出世の数々のエピソード(プロボクサーだった時期があるとか、世界中を放浪して周ったとか)もとても魅力的である。その中でも一番有名なのが「独学で建築家になった」という話でなかろうか。

 ここでまず、「建築士」という資格について解説しておきたいと思う。

「1級建築士」の資格は、誰もが受験することができる訳ではなく、その条件の1つに「大学、短期大学、高等専門学校、専修学校等において指定科目を修めて卒業した者」というのがある。つまり、これらの学校に通わないことには資格を取るためのスタートラインに立てないということ。じゃあどうする? その時はもう1つの条件「2級建築士を有する者」というコースから攻めるしかない。というのも「2級建築士」の方は、建築に関する学歴が無くても、7年以上の実務経験があれば受験可能だからだ。

 一般的に建築に関わる我々が「独学」というと、大学や専門学校を卒業したということは大前提として、資格試験予備校に通わずに建築士の資格試験に合格したということを意味するのだが(ちなみに私も「独学」一級建築士の資格を取った一人である)、安藤忠雄の言う「独学」の意味は、学歴がなかったので「2級建築士」を取り、そして「1級建築士」の資格を取った、つまり「学校に通わず1級建築士になった」ということである。確かにすごい。

 しかし、安藤忠雄の言う「独学」にはもう1つ別の大きな意味がある。むしろ私はこちらの方が重要なのではと思っている。

 

「学歴主義」ではなく「師匠主義」?

 彼は海外の建築家から、「本当に独学なのですか?」と必ず聞かれるそうだ。これは「あなたは本当にアカデミックな教育を受けていないのですか?」ということだけを意味するのではない。それ以上に「あなたには本当に師匠がいないのですか?」ということを不思議に思っているということを意味しているのだ。

 社会においては、なにかと学歴主義の是非が議論されるが、建築界においてはちょっと様相が違う。直接的な「学歴」つまり「〇〇大学出身」ということよりも、「○○大学の××先生の研究室出身」もしくは、「建築家の▲▲事務所出身」というように誰が「師匠」なのかということの方が、重要視されるということだ。言わば「学歴主義」ではなく「師匠主義」といったところか。

 これは例えば、料理人やシェフが、誰のもとで修行した、どこのお店で研鑽を積んだ、ということが、その店の味を知る上での1つの目安になっていることに近いかもしれない。

 つまり、安藤忠雄のいう「独学」のもう1つの意味は「私は有名シェフに仕えることなく、おのれの包丁一本で三つ星レストランのシェフになりました!」という意味である。おそらく、料理の世界以上に「師匠至上主義」の建築の世界において、師匠がいないと公言する安藤忠雄は稀有な建築家であり、孤高の建築家たらしめていることは間違いない。