文= 小松めぐみ 写真=飯田信雄

炭の位置を動かして火加減を調整する。

 映画、小説、落語など、物語に出てくる料理を出すお店を、取材し、紹介していく連載。記念すべき1回目は、落語の噺のひとつ「目黒の秋刀魚」から、秋刀魚料理を紹介。江戸時代に語られた古典の料理を、現代の一級料理人はどう調理しているのだろうか?

殿様が初めて秋刀魚の塩焼きを食べる

 落語「目黒の秋刀魚」は、目黒に鷹狩りに出かけた殿様が初めて秋刀魚の塩焼きを食べ、それをたいそう気に入ったエピソードから始まる。殿様は屋敷に戻った後も秋刀魚を食べたいと思い、家来に申しつけたが、出された秋刀魚は期待していた美味しさと違う。それは家来が作った料理が、秋刀魚の脂を取り除き、骨も抜いて椀仕立てにしたものだったため。ところが殿様は「これはどこの秋刀魚じゃ?」と尋ね、産地を答えた家来に「秋刀魚は目黒に限る」と言うのだった。

 もちろん目黒で秋刀魚は獲れない。本当は「秋刀魚は塩焼きに限る」のだが、浮世離れした殿様は料理法ではなく産地に問題があると思ったという、ほんわかとずっこけたオチが楽しい噺が「目黒の秋刀魚」だ。

 落語の題材にもなっている通り、秋刀魚は塩焼きが美味しい魚だが、小骨を苦手とする人が多い魚でもある。そんな面倒くさがりな人も秋刀魚の塩焼きの美味しさを楽しめるようにと、骨を取った塩焼きを出す料理人がいる。その人は、青山の静かな裏通りで日本料理店「いち太」を営む佐藤太一さん。旬の魚を中心とした「いち太」の約10品のおまかせコース(2万円、税別)には、秋は秋刀魚や鯖、冬は蟹や白子と、10種類以上の旬の魚介がさまざまな料理法で登場する。

店内は白木のカウンターと個室2室。

佐藤さんの師匠が考案

 例年の秋に登場する「秋刀魚の塩焼き」は、佐藤さんの師匠である『銀座矢部』の矢部久雄氏が考案した方法に基づき、新鮮な秋刀魚の身をいったん開いて骨を外し、再びワタと脂を戻して焼く名物。佐藤さんはさらに味わいとしての食べやすさも追求し、ワタが苦手な人でも楽しめるようにしているという。秋刀魚の美味しさはワタにあると言われているが、それは脂の美味しさ。「私はワタの中のクセが出やすい部分、具体的には苦玉と呼ばれる胆嚢と、心臓、脾臓を外しています」と佐藤さん。

 丁寧に掃除したワタと脂を、背開きにした身で挟んで串を打ち、炭で焼くこと10~15分。焼き方のコツを聞くと、佐藤さんはこう教えてくれた。

「背中は生でも食べられるので、背を焼きすぎず、お腹と皮をしっかり焼くことが大事です。最初はじっくり焼いてお腹の中を沸かし、最後に強火で表面をパリッとさせるイメージですね」

 佐藤さんは炭の位置を動かして火加減を調整しながら、こんなことも教えてくれた。

「アジや他の魚のワタは食べないのに秋刀魚だけワタを食べるのはなぜかといえば、秋刀魚には胃袋がないからなんですよ。秋刀魚には一本の長い消化官があるだけで、 食べたものをいったん貯蓄しておく場所がありません。そのため食物が短時間で消化・排出されるので、内臓がきれいなんだそうです」

 いよいよ焼きあがった「秋刀魚の塩焼き」は、骨が1本もないため、食べやすさ抜群。口に運べば、皮の香ばしさに続いて、ジューシーな旨みが爆発的に広がる。「秋刀魚は青山に限る」と言いたくなるおいしさである。

秋刀魚の塩焼き。秋刀魚は例年9月に出されていたが、今年は獲れる時期が遅く、10月から提供中。提供時期はお問い合わせを。