文=中井 治郎 

「かやぶきの里」京都府南丹市美山町 写真=アフロ

日本の原風景、かやぶきの里

 たとえば世界遺産に登録されている白川郷の立派で重厚な合掌造りと比べると、小柄でどこか可愛げのあるかやぶき屋根の古民家。それが里山に縁どられるような山あいの小さな村に数十軒も肩を寄せ合っている。まるでミニチュアのセットのようにも思えるスケール感が、民話的というよりもむしろ「昔ばなし」的な懐かしくも優しい想像力をかきたてる。かやぶきの里として知られる京都府南丹市美山町の「北」集落である。

 京都市内から車で一時間半ほど山道をたどったところにある50戸ほどの小さな集落であるが、かやぶき屋根の古民家によって織りなされる景観がまさに奇跡的に残された日本の原風景であるとして次第に評判を呼び、とくに90年代以降は四季折々に国内外のたくさんの観光客が訪れるようになった。いまや押しも押されもせぬ京都名物のひとつである。

 

世界が危機に瀕する時代に選ばれた美山町

 そんな知る人ぞ知る京都名物もコロナ禍による観光の凍結でめっきり人影が少なくなり、それが本来の姿ともいえる静けさを取り戻している昨今。このままかやぶきの里を訪れる観光客も消えてしまうのだろうか・・・。そんなことを思っていた矢先、いまふたたび意外なかたちで世界がこの美山町に注目することになった。

 2021年12月マドリードで開催された第24回UNWTO(国連世界観光機関)の総会において、世界各地から44の地域がベスト・ツーリズム・ビレッジに選定された。そして、そこで日本から選ばれた「ビレッジ」は2つ。それが北海道ニセコ町と、京都府南丹市美山町だったのである。

 では、このUNWTOのベスト・ツーリズム・ビレッジとはいかなるものなのだろうか。駐日事務所のホームページではこのように説明されている。

「地域コミュニティの伝統と文化を保全するために、観光の強みを活かした、地域からの優良事例を求めるべく、持続可能な開発目標(SDGs)に沿って、地域において新しい形で観光事業を実施する地域を見つけ出すUNWTOの取組」(国連世界観光機関駐日事務所ホームページより)

 地域のキャパシティを超える観光化によって引き起こされたオーバーツーリズム。そして、そこから急転直下のコロナ禍によるツーリズムの凍結。世界はこの数年でまさに両極の光景を目にすることになったが、いずれも人類史上かつてないツーリズムの拡大によって引き起こされた事態であることに間違いはない。

 ウィズ・コロナなのかアフター・コロナなのかいまだに判然としないが、いずれにせよ、これまで通りのやり方では生き残っていけないことは誰の目にも明らかになった。つまり人々は持続可能性というテーマに、理想論としてではなく喫緊の課題として向き合わざるを得なくなったのである。そして、今後われわれが進むべき道の指針として、この出口の見えないコロナ禍のさなかに選定されたのがこの44の地域なのだ。