文=藤田令伊 写真提供=野坂オートマタ美術館

左から「手紙を書くピエロ」「はしご乗り」

機械仕掛けの自動人形「オートマタ」

「オートマタ」をご存じだろうか。18~19世紀ヨーロッパで生み出された機械仕掛けの自動人形のことで、主にゼンマイを動力にさまざまな動きを表現してくれる。伊豆高原にある野坂オートマタ美術館は、そのオートマタを専門に収蔵・展示している日本で唯一のミュージアムである。

 オートマタ的なものは、あのレオナルド・ダ・ヴィンチも設計・製作したといわれている。「レオナルドの機械の騎士」と呼ばれるもので、設計メモがアトランティコ手稿のなかに残っている。1495年、レオナルドはミラノを統べていたルドヴィコ・スフォルツァの宮廷で甲冑を身につけた人形を披露し、立ったり座ったり腕を動かさせたりしたという。

 レオナルドの機械の騎士は当時の人々を大いに驚かせただろうが、いまから見れば、まだまだプリミティブなレベルである。それが近代のオートマタになると、比較にならないくらい高度な動きを見せられるようになる。

 野坂オートマタ美術館のオートマタたちもまた驚くような動作を見せる。たとえば、「はしご乗り」は、いかにも曲芸師らしい凝ったつくりの衣装を身にまとった人形が、ハシゴを器用に上って曲芸をする。ハシゴの上ではなんと逆立ちまでしてみせる。あるいは、「葡萄の行商」は、あふれるほどの葡萄を積んだ手押し車を行商人の人形が押し、手を振りながら売り歩いていく。

「葡萄の行商」

 もっと精巧なものもある。「手紙を書くピエロ」は、ランプの明かりを頼りにピエロが手紙を書くという趣向のものだが、次第にランプの灯が弱くなっていく。すると、ピエロはうとうとと居眠りを始めてしまい、居眠りしかけていることにハッと気づいたら、再びランプを調整して明るくするという複雑な動作をする。

「ジェシカおばさんのティータイム」は、両手にティーポットとティーカップを持ったオートマタ。そのいでたちから予感させる動きをジェシカおばさんは見事にやってのける。ティーポットとティーカップを近づけて、ポットを傾けてカップにお茶を注ぐ動作をするのだが、驚くのは、単にその動作をするだけではなく、傾けたポットから本物のお茶が注ぎ出されることだ。

「ジェシカおばさんのティータイム」

 さらには、もっと驚きの動作までしてしまうのだが、ここでネタバレするより現地で実物をご覧いただきたい。いったい、どういう仕組みになっているのかと唸らされること必定である。

 

専門だからこそ「貴重」な美術館

 オートマタたちはただ面白いだけではない。どこかペーソスをたたえ、ホロリと涙を誘うオートマタもあったりして、なかなか奥が深い。つまり、単に機械的な仕組みが巧みなだけではなく、芸術的な表現としても高いクオリティを有しているのである。

 オートマタの仕掛けの数々は、おそらく、あなたの想像をはるかに超える。現代ならエレクトロニクスを活用すれば容易かもしれないが、それがなかった時代にゼンマイや歯車などアナログのみを使って実現しているのだから、なおさら感嘆させられる。ちょっと大げさにいえば、オートマタには人間の叡智と工夫が結集している思いがする。

 美術館では、オートマタそのもののほか、オートマタを製作した工房の様子なども再現展示されている。オートマタがどんなふうにつくられていたかがわかって興味深い。

 さらに館内には実演コーナーも設けられていて、1日3~4回オートマタの実演がある。どうせ訪れるなら、動いているオートマタをぜひ見たいので、実演時刻にあわせて来訪されることを強くおすすめする。また、春やGW、お盆、お正月には特別展が開かれ、スペシャルな催しもある。

 こういう何かに特化したミュージアムは、創設した人の想いが込められていることが多い。野坂オートマタ美術館もきっとそうであるのだろう。オートマタも貴重だが、オートマタ専門の美術館も貴重である。

 人類の価値ある文化財を守り、披露してくれる当館。もっと広く知られてしかるべきだと思う。実物のオートマタたちを日本でじっくり見られるのは、じつに幸せなことに違いない。