人が捨てない「サステナブル」な服。地域復興。人間らしい働き方。いま、問われている課題をいち早く理想的に解決し、「人間主義的」なファッションビジネスを展開することで知られているのが、イタリアのブルネロ クチネリである。

 ブルネロ クチネリは過度の「トレンド」に振り回されず、手仕事による芸術的な仕上がりの製品を作る。高価だが、「捨てられる」こととほぼ無縁なので末長く着ることができる。

 ブルネロ クチネリの本社は、中世の面影を残すソロメオ村にある。クチネリはこの地を30年以上かけて修復した。劇場、図書館、仕立て職人育成学校を作り、1985年以降、ブルネロ・クチネリの本社を置いている。創業者のクチネリは、自らをソロメオ村の「管理人・番人」であると位置づけ、荒廃していたこの土地に尊厳を取り戻すことに注力した。そしてこのたび、2014年から進められていた第二期修復事業「美に関するプロジェクト=A Project for Beauty」による公園造営も完成させた。本社のある敷地に「産業公園」、サッカー場を含む「スポーツ・運動公園」、地産地消用に栽培される果物、ワイン、野菜を作る「農業公園」。地域に開かれたこの敷地では、人々は自由に果物をもぎ取りながら散歩することができる。また、敷地内には「人間の尊厳に捧げる(TRIBUTO ALLA DIGNITA DELL’UMO)」モニュメントも作られた。

 本社工場は、村人の雇用を創り出している。しかも、従業員が働く建物は天井が高く光があふれ、窓からはオリーブの樹はじめソロメオ村の豊かな自然を見渡すことができる。1時間半にわたるランチタイムの食堂では、地元の食材を使った料理が提供される。17時半の終業時刻には、社員は全員、帰宅している。

 こうした豊かな働き方が遵守されながらも、イタリアの平均賃金よりも高給が支給される。地域を豊かに復興させ、働く人々を幸せにするというクチネリの企業姿勢の反映である。

 クチネリの上質で高価な服の背景には、こうした物語がある。人間の尊厳が編み込まれている。現在、ファッション産業は石油産業に次いで地球環境を汚染している。安価な賃金で作られた安い服を大量に買っては捨てる、ということを続けていては誰も幸せにならないし、そもそも地球がもたない。クチネリの服を着るということは、多くの人々にとって持続可能で幸福な生き方を創り出している同社の企業姿勢を支持するという態度の表明にもつながっている。クチネリは、「人は大切にされれば、心が自由になり、仕事にも集中できる」という信念をもつが、製品である美しい服そのものが、信念の正しさの証明になっている。

文:中野香織