取材・文=吉田さらさ

鶴岡八幡宮。手前から太鼓橋、舞殿、本殿 写真=GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

京都の石清水八幡宮を鎌倉に勧請

 鎌倉は住まいのある東京から近いこともあり、しばしば訪れている。参拝したい寺社は数多いが、中でもやはり、鶴岡八幡宮は別格的な存在だ。

 武家社会のはじまりのころ、国の中心は鎌倉であり、そこに武家たちの守り神として建立されたのがこの神社だった。以来、ここを中心に京都の公家文化とはまた違う武家文化が栄え、鎌倉の持つ独特の魅力を形作って行ったのである。

 こちらの歴史は、鎌倉幕府を開いた源頼朝の先祖に当たる源頼義が、京都の石清水八幡宮を鎌倉に勧請したことに始まる。頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、八幡神を現在より海に近い七里ガ浜付近に祀った。その後、頼朝が現在の地に移して鎌倉幕府の精神的な基盤としたのである。

 八幡神は、前々回の大宮八幡宮の記事にも書いたように、武運の神として、源氏のみならず、広く武家の人々の信仰を集めてきた。八幡神を祀る神社は全国に4万社以上あると言われ、御祭神とする神は神社によって違う場合もあるが、鶴岡八幡宮では、応神(おうじん)天皇、神功(じんぐう)皇后、比売神(ひめがみ)の三柱を御祭神としている。

 応神天皇は大陸に出兵して勝利を収めた神功皇后がその岐路に出産したとされる神であり、比売神は、天照大神と素戔嗚尊の誓約によって生まれたとされる三姉妹の神、宗像三女神である。比売神は海運や旅の安全を司る神のため、勇ましい逸話のある神功皇后や応神天皇とともに祀られ、武運の象徴となった。

 

行きはぜひ若宮大路から

 源頼朝は、この神社を中心に鎌倉のまちづくりも進めた。由比ガ浜から真っすぐに続く約2キロの参道は若宮大路と呼ばれ、京都の朱雀大路に倣ったものだ。この道は、現在も鎌倉随一の目抜き通りで、頼朝は造成にたいへん力を入れ、自ら工事の指揮までしたと言われる。

 二の鳥居から三の鳥居までの間は、道の中央部分に盛り土をして一段高くなっている。これを段葛という。鎌倉は平地が少なく、周囲の山を削って造成したため、大雨の際には土砂が流れ込む。それを考慮して、この大切な道を一段高くしたのである。鎌倉駅から鶴岡八幡宮に行くには、魅力的な商店が並ぶ小町通りを通る方法もあるが、お買い物は帰りにして、行きはやはり、頼朝の強い意志が感じられる史跡、段葛を歩いて真正面からお参りに行きたいものだ。 

二の鳥居と段葛 写真=GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 三の鳥居をくぐって境内へ。真正面に立派なお太鼓橋があるが、これは実際に渡ることはできない。左右に池があり、右手の源平池の周囲は桜の名所。夏場はどちらの池にも蓮の花が見事に咲き誇る。続いて東西を真っすぐ横切る道がある。これは流鏑馬神事に使われる馬場でもあるため、流鏑馬馬場と呼ばれる。その先に手水舎。コロナ禍の今は直接水を汲んで手を清めることはできないが、今年の初夏はアジサイの花で埋め尽くされ、美しい花手水となって人気を呼んだ。

鶴岡八幡宮の手水舎 写真=GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 本殿の前には静の舞という行事が行われる舞殿がある。これは源義経に愛された静御前が吉野で捕らえられたのち、鶴岡八幡宮で悲しみの舞を披露したという伝承に基づく。その先が、いよいよ本殿に続く大石段だ。

本宮に続く石段 写真=cap10hk/イメージマート

 上るとすぐ、左手に「親」銀杏と「子」銀杏が見える。鎌倉二代将軍源の子である公暁が、この木の影に隠れて三代将軍源実朝を殺害したという伝承がある。樹齢1000年とも言われるご神木だが、2010年、暴風により倒木。幹の部分を違う場所に移植し、再度の成長が期待されている。もとの木があった場所に残された根からは、すでに若い木が伸びている。これが親子の銀杏である。

 大石段を登りきって本殿でお参りを済ませ、ふり返ると、海に向かって伸びる若宮大路とその向こうの太平洋が見える。天気がよければ伊豆七島まで眺めることができる。なるほど、天下を見晴らす場所だからこそ、頼朝はこの特別な神社を建てたのだなと思わせる絶景だ。

 境内には、他にも数々の社や名所があり、それらを取り囲む森の風情もよいので、ゆっくり巡ってみたい。

 鎌倉の名刹に伝わる仏像や文化財が展示される鎌倉国宝館にも足を運ぼう。このあたりは一層森が深くなっており、可愛らしいリスの姿も見られる。

 また、最近のお気に入りは2019年にリニューアルオープンした鎌倉文華館鶴岡ミュージアムだ。こちらは、神奈川県立近代美術館の旧鎌倉館を継承したもので、ル・コルビュジエに師事した建築家、板倉準三の設計による神奈川県指定重要文化財指定の旧館が実に素敵だ。ここからも蓮池がよく見えるが、対岸にある和モダンのカフェ、茶寮 風の杜でお茶とお菓子をいただきながら眺めるのもよい。

 かくのごとく、好きなスポットが多すぎて、訪れるたびに時間を忘れてしまう鶴岡八幡宮である。