文=青野賢一 イラストレーション=ソリマチアキラ

 いわずとしれたザ・ビートルズのギタリストであり、解散後はソロ・アーティストとして活躍したジョージ・ハリスン。ザ・ビートルズが解散した年、1970年の11月に3枚組LPとして世に出た彼の3作目のソロ・アルバム『オール・シングス・マスト・パス』の50周年記念エディションが先ごろ発売された。「50周年なら昨年では?」と思われる方もおられるだろうが、2020年11月から一年間はいわゆるアニバーサリー・イヤーということで、2021年8月、いくつかのフォーマットでのリリースとなった。

 

インド音楽の色濃い初めてのソロ名義作

『オール・シングス・マスト・パス』以前、つまりザ・ビートルズ在籍中のジョージのアルバムは2作。一つは『不思議の壁』(原題:Wonderwall Music)で、これはジェーン・バーキンが出演した映画『Wonderwall』(1968)のサウンドトラックである。時代を反映したサイケデリックなムードの映画のために制作された楽曲は、1965年以来ジョージが傾倒していたインド音楽と西洋ポピュラーミュージックが融合した──圧倒的にインド音楽色が濃いのだが──(ほぼ)インストゥルメンタル曲。シタール、サロード、サントゥール、タブラといったインドの楽器の音色をたっぷりと聴くことができるが、曲によってはピアノ、メロトロン、ギター、ドラムなども加わって(ギターにはエリック・クラプトンが変名で参加、またリンゴ・スターがドラムを担当した曲も)、サウンドトラックらしい楽曲バリエーションとなっている。

 

moog Ⅲ-Cとの出会いが生んだ実験音楽

 ザ・ビートルズのメンバー初のソロ作である『不思議の壁』に次いで、1969年に発表されたのが『電子音楽の世界』(原題:Electronic Sound)。ジャッキー・ロマックスのデビュー・アルバムのプロデュースでロサンゼルスに赴いたジョージは、その際に電子音楽家のバーニー・クラウスと会い、モジュラーシンセサイザー「moog Ⅲ-C」に触れて興味を抱き、自身でも購入する。その「moog Ⅲ-C」を駆使して制作されたのが『電子音楽の世界』である。アルバム・タイトルに違わず、全篇シンセサイザーによる電子音で構成されたこの作品は、ザ・ビートルズの音楽とは表面上はずいぶんかけ離れたアヴァンギャルドな内容ではあるが、こうしてジョージが入手した「moog Ⅲ-C」はザ・ビートルズの『アビイ・ロード』(1969)で実に絶妙な役割を果たすことになる。

 

引き出しから溢れ出す渾身の楽曲たち

 インド音楽の要素──実際のところ音楽だけでなくインド思想や精神性も──や、シンセサイザーの導入によって、ザ・ビートルズの音楽の革新性の一部分に貢献していたのはほかならぬジョージであったわけだが、その一方でソングライターとしてはジョン・レノンとポール・マッカートニーの陰で不当な扱いを受けていたといわざるを得ない。そんなジョージが、ザ・ビートルズという巨大な存在から解放され、満をじして制作した「歌もの」アルバムが『オール・シングス・マスト・パス』である。

 このアルバムは大きく捉えてロックの範疇といえるが、メロウなナンバーからブルース、ロックンロールまでと、収録されている曲のバリエーションは実に豊富。引き出しの中に溜め込んできた楽曲が、ここぞとばかりに披露された印象だ。各曲における楽器と演奏するミュージシャンの選定も確かなもので、このあたりはほかのアーティストのプロデュースを積極的に行ってきたジョージの本領発揮といったところだろう。サウンドの質感は共同プロデューサーとして名を連ねるフィル・スペクターの個性による部分が多く、リバーブたっぷりのいわゆる「ウォール・オブ・サウンド」は、この時代のポピュラーミュージックの音、という面持ちである。

 本アルバムは21世紀に入って何度かリマスタリングが施されてリイシューされているが、基本的にオリジナルの1970年バージョンを踏襲し、音の分離や輪郭を改善した印象の仕上がりだ。ところが、冒頭で述べた50周年記念エディションでは全曲オリジナル・マスターテープからリミックスを行っており、風通しのいい鳴りを楽しむことができる。

 

名作リリースの後の音楽活動

『オール・シングス・マスト・パス』以降もコンスタントにアルバムを発表し、まずまずのセールスに恵まれ、評価を得ていた70年代のジョージだが、楽曲に関する訴訟や病気療養などもあり、順風満帆とはいいがたい時期でもあった。1980年12月のジョン・レノン射殺事件の翌年に発表したシングル「All Those Year Ago」は、ジョン・レノン追悼の曲ということもあり大ヒットとなったが、その後にジョージが脚光を浴びるのは、1987年のヒット曲「Got My Mind Set On You」を待たねばならない。2001年には『オール・シングス・マスト・パス』のリマスター盤をリリースし、新作への期待が膨らむなか、肺がんおよび脳腫瘍が見つかり、ジョージは同年11月、58歳で亡くなった。2002年にリリースされた遺作『ブレインウォッシュド』は、ジョージの息子、ダーニとジェフ・リン(エレクトリック・ライト・オーケストラ)が世に送り出したものである。

 

実験、反骨、喜びが詰まった初期3作品

 このテキストを書くにあたり、ジョージのアルバムすべてを聴き直してみた。私はいわゆるビートルズ世代ではなく、よってノスタルジーからくるバイアスはまるでないのだが、それでもやはりソロ活動最初期の3作、『不思議の壁』『電子音楽の世界』『オール・シングス・マスト・パス』はひときわ輝いているように感じた。この3作品には、実験精神と反骨精神、そして自分の音楽を奏でることの喜びがたっぷり詰まっている。

 ファッション的な視点で見ると、ジョージは取り立ててウェル・ドレッサーではないが、70年代までの彼はさりげない味わいのある着こなしで、とりわけインドに傾倒していた頃のチュニック風の服や『アビイ・ロード』のジャケット写真のようなデニムなどはよく似合っているのではないだろうか。なお、ジョージの没後10年である2011年、マーティン・スコセッシによるドキュメンタリー『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』が公開された。ジョージの58年間の軌跡を、ポール・マッカートニーをはじめとする関係者のインタビューなどを交えて映画化したものだが、公開期間が極端に短かったため、未見の方も少なくないだろう(私もその一人。ソフト化されてはいる)。オフィシャル・トレーラーはYouTubeで観ることができるので、ご興味ある方はそちらをどうぞ。