文=酒井政人

歴代記録を塗り替え続ける陸上・三浦龍司の魅力と可能性(第1回)
日本長距離界の新時代を牽引する相澤晃と伊藤達彦のライバル物語
(第2回)

2021年6月27日、日本選手権男子110mハードル、日本新で優勝した泉谷駿介(順大) 写真=松尾/アフロスポーツ

日本新記録を出した泉谷駿介

 ジパングには〝金の卵〟がまだまだ眠っているようだ。今年6月の陸上日本選手権では若き才能が爆発した。男子110mハードルを日本新記録で制した泉谷駿介(順大)と男子400mハードルで完勝した黒川和樹(法大)。ふたりのポテンシャルを知れば、日本陸上界の未来をまぶしく感じることができるだろう。

 男子110mハードルの日本記録は2018年の日本選手権前まで13秒39だった。2004年のアテネ五輪で谷川聡が打ち立てたものだ。14年近く動かなかった記録がわずか3年で13秒06まで短縮している。金井大旺(ミズノ)と高山峻野(ゼンリン)が日本記録を複数回更新したこともあるが、最も〝破壊力〟を秘めていたのが、現在21歳の泉谷駿介(順大)だ。

 国内トップ選手は中学時代からハードルをメインにしてきた選手がほとんどだが、泉谷のキャリアは少し異なる。神奈川・武相高時代は八種競技が専門で、インターハイを制しているのだ。

「身長が大きくないので混成競技は高校までにして、大学では三段跳びをメインに、走幅跳びと110mハードルも同じくらいやりたいなと思っていたんです」と名門・順大進学後は跳躍ブロックに所属。110mハードルが専門の選手とは別のアプローチで急成長を遂げることになる。

 大学2年時(2019年)は走り幅跳びや三段跳びでも日本上位の記録を残しながら、日本選手権の110mハードルで13秒36の日本タイ記録(当時)をマーク。ドーハ世界選手権代表にも選ばれた。一方で故障も多く、昨季はハムストリングスの肉離れを3度も起こしている。

 そのため今季はレーススタイルを再構築した。2019年は爆発力のあるスタートダッシュを武器にしていたが、今季は序盤の出力を少し抑えて、後半の走りにつなげることを意識。その新スタイルがハマり、好記録を連発している。

 5月の関東インカレは予選で13秒30(+0.8)の自己ベスト。決勝は追い風参考記録ながら13秒05(+5.2)で走破して、関係者を驚かせた。

 

110mハードルの難しさ

2021年6月27日、日本選手権男子110mハードル決勝 写真=松尾/アフロスポーツ

 110mハードルは高さ106.7㎝の障害を10台跳び越える。ロスを少なくするために、障害を下限ギリギリでクリアしていくが、スピードが上がりすぎると、ハードル間(9.14m)の3歩が詰まってしまう。フラットな100mとは違い、強い追い風が吹いたからといって速く走れるわけではないのだ。

 しかし、泉谷は追い風のなかでも超人的な脚の捌きで悠々と駆け抜けた。そして6月の日本選手権で〝大記録〟を誕生させることになる。泉谷は金井が4月29日に樹立した日本記録(13秒16)を大きく上回る13秒06(+1.2)でフィニッシュ。関係者の度肝を抜いた。この記録は今季の世界リスト3位という凄まじいものだったからだ。

 泉谷本人も「競技人生のなかで13秒1台を目標にしていたんですけど、それを超えて13秒0台が出てビックリしています」と戸惑っていたが、東京五輪での注目度は高まるばかりだ。「まずは決勝に進みたい」という泉谷。大舞台でも日本選手権と同等のパフォーマンスを発揮できれば、日本人初の「ファイナル」だけでなく、「メダル」も見えてくる。

 男子110mハードルは予選が8月3日(19時10分)、準決勝が同4日(11時00分)、決勝が同5日(11時55分)。ラウンドを勝ち上がる度に、日本陸上界の怪物、「泉谷駿介」の名前が広く知れ渡ることになるだろう。

 

眼鏡がトレードマークの黒川和樹

 大学2年生の黒川和樹(法大)は5月9日に行われたREADY STEADY TOKYOの男子400mハードルで日本歴代10位タイの48秒68をマークした逸材だ。中学1年時からかけているトレードマークの眼鏡をヘアバンドで固定して、レースに挑んでいる。ビジュアルが個性的なだけでなく、コメントもユーモアがあふれている。

2021年6月26日、日本選手権男子400mハードルで優勝した黒川和樹(法大) 写真=森田直樹/アフロスポーツ

 日本選手権では黒川を含む4人が東京五輪参加標準記録を突破しており、「3枠」の争いが注目されていた。緊張感のあるレースを迎えて、「前日の夜から胃が痛くてどうしようかなと思っていました」と笑わせたが、レースでは強気な走りを披露した。

 持ち味である前半からぶっ飛ばすと、最後は自己ベストで並んでいた安部孝駿(ヤマダホールディングス)と激突。黒川が最終10台目のハードルを先に跳び越えて、セカンドベストの48秒69で初優勝を飾った。

2021年6月26日、日本選手権男子400mハードル、左から優勝した黒川和樹(法大)、2位の安部孝駿(ヤマダホールディングス) 写真=松尾/アフロスポーツ

 安部は10学年上の選手で、2019年のドーハ世界選手権では決勝進出まであと一歩と迫った実力者。6月に20歳になったばかりの黒川は今季、安部に勝ち続けており、東京五輪ではヨンパーの〝新エース〟としての活躍が期待される。

 黒川は山口・田部高時代の自己ベストが51秒06。法大進学後、驚異的な成長を見せている。昨年はU20日本歴代3位の49秒19をマークすると、今季は48秒68までタイムを短縮した。

 男子400mハードルは高さ91.4㎝の障害を10台クリアするが、ハードルは35.0m間隔で設置されている。黒川の場合は5台目まで「13歩」という比較的少ない歩数で攻めていくのが特徴だ。日本選手権では法大の先輩・為末大が日本記録(47秒89)をマークしたときと5台目までの通過タイムが同じくらいだった。

 大学では100mや200mをメイン種目にしている選手と練習しており、長い距離(250mや350mなど)のメニューはさほど入れていない。400mハードルの選手として、強化すべきところは多く、伸びしろは十分にある。

「初の世界大会がオリンピックで実感は沸かないですけど、ケガをせずに練習を積んでいければ本番で自己ベストが出せるんじゃないでしょうか。オリンピックの目標は入賞なので、頑張りたいと思います」

 男子400mハードルは予選が7月30日(10時55分)、準決勝が8月2日(21時05分)、決勝は8月3日(12時20分)。この種目の日本勢は為末が世界選手権で2度の銅メダルを獲得しているが、オリンピックの「入賞」は一度もない。偉大な先輩ですら踏み込めなかった〝領域〟に才能あふれる20歳が切り込んでいく。