文=松原孝臣 写真=積紫乃

フィギュアスケートに不可欠、意外に知らない仮設リンクの作り方(第1回)
2019年世界選手権、リンクのプロを悩ませた気温とある理由(第2回)

さいたまスーパーアリーナで開催された2014年世界選手権。羽生結弦は世界選手権初優勝を果たす。写真=ロイター/アフロ

平昌五輪で苦しんだ移動と言葉の壁

 スケートリンクの運営管理、体育館やアリーナを大会やアイスショーができるようリンクに仕立て、フィギュアスケートにおいて必要不可欠な存在となった株式会社パティネレジャー。

 長野オリンピックにも携わったが、もう1つかかわったオリンピックがある。2018年の平昌オリンピックだ。

「(平昌オリンピックの)組織委員会から要請がありました。2015年に代々木第一体育館で行なわれた世界フィギュアスケート国別対抗戦を視察されていたようです。当初はサブリンクを仮設で、とのお話もありましたが、結局、常設リンクを2面設けるということで、ただ管理するスタッフが足りないということから派遣することになりました」

 フィギュアスケートは試合を行なうメインリンクと練習を行なうサブリンクを要する。その管理に携わることになり、最終的にはアイスホッケーのリンクに3名、フィギュアスケートのリンクに2名を送った。

「大変だった、と言っていました。長野のときは近くにアパートを借りましたしリンクにも控室がありました。平昌では移動の時間もけっこうかかったそうです」

 実際に現地でフィギュアスケートのリンクの任務にあたった尾﨑繁之は言う。

「大会が始まる前から約1か月間、滞在しました」

 メインリンクとサブリンク双方の管理に他の国のスタッフとともにチームとして携わった。

「チームリーダー、サブリーダーはフランスの方でアメリカ、韓国の方もいました」

 韓国のスタッフとは以前からつきあいがあり顔見知りだったが、他の国の人々は初対面だった。

「それぞれ、管理のやり方が違ったので合わせながら進めました」

 そこで苦しんだのは言葉の壁だった。

「専門用語もあるので、決して簡単ではなかったです」

 そんな苦労も重ねつつ、試合ではメインリンクの脇から日本の選手の滑りを見守った。

 記憶に残るのは2つ。1つは羽生結弦のオリンピック連覇の瞬間だった。

「やっぱり、あれだけの瞬間に立ち会えるなんてなかなかないことですから。くまのプーさん(のぬいぐるみ)がリンクに飛んでくる光景も焼き付いています。羽生選手はじめ日本選手の活躍がうれしかったです」

 もうひとつの記憶は、日本の選手たちと顔を合わせた時、挨拶をしてくれたことだ。

「うちで運営管理しているリンクで練習している選手もいますし、大会でも接する選手もいて、みんな、挨拶してくれたのも覚えています」

 

リンクの違いを感じ取った羽生結弦

 大会を無事に終えた陰には、パティネレジャーの存在もあったし、依頼を受けたのは培った技術と経験であればこそだった。

 それでもスケーターに教えられることがある。飯箸は言う。

「話を聞いて、衝撃を受けたことがありました。これは選手たちから話を聞いた長光歌子先生から教わったことですが、『下が柔らかい方が高く跳べる』と言うんです。それまでは堅い方がスポンジのように力を吸収されないから高く跳べると思っていましたが、逆だったんですね。『パティネ(が手がけたところ)だと、ふだんのホームリンクより跳ね上がる感覚がある』と選手が言っていたそうです。東京体育館のときは、すごく跳んだんじゃないですか(笑)(第18回のエピソードを参照)」

 スケーターの繊細な感覚を実感したのは、2014年、さいたまスーパーアリーナで開催された世界選手権のときだった。

「メインリンクのリンクサイドで練習を見ていたときです。羽生結弦選手が来て、『練習リンクとメインリンク、氷を一緒にできないでしょうか』と相談を受けました」

 実はメインリンクと練習リンクには構造上の違いがあると言う。

「メインリンクとするアリーナは床が下がったり上がったりする仕組みなので、バウンド性、クッション性があります。一方の練習リンクは下がしっかりとした堅い構造です。その違いはあってもリンクの作り方は同じなので、特に選手の方々に構造の違いを説明することはありませんでした。でも羽生選手は違いを感じ取った。きっと跳んだ感触からだったと思います。反発性があるかないか、感じ取ったんですね。構造を説明してあげたら『分かりました』とクエスチョンが消えたようでした」

 

2022年、北京五輪に向けて

 長年、スケート界に大きく寄与してきた。

 だが、フィギュアスケートは社会全体がそうであったように、新型コロナウイルス感染拡大により、大きな影響を受け、パティネレジャーも例外ではない。

「昨年度は、『プリンスアイスワールド』の熊本公演には携わりましたが、『スターズオンアイス』が中止になり、『ファンタジー・オン・アイス』も中止になり、夏の『THE ICE』もなくなりました。10月のジャパンオープンの設営、それからNHK杯の管理くらいです」

 仮設リンク設営ばかりではない。運営管理するリンクも打撃を受けた。

「一般営業ができない期間が長かったり、自社のリンクの売り上げを伸ばさないと、と各リンクの社員も大変だったと思います。その中で貸し切りを時短で行なったりクラブの練習を再開したり、できるところから取り組んでいたようです」

 今年の春になり、国別対抗戦の設置を担い、「スターズオンアイス」、浅田真央らによる「サンクスツアー」、髙橋大輔らの「LUXE」が開催され、それらを担当した。

浅田真央が3年にわたって全国をまわった「浅田真央サンクスツアー」。2021年4月26日、横浜アリーナで開催された千秋楽公演より。写真=アフロスポーツ

「この状況の中、ほんとうにありがたかったです」

 だから、「収まってくれれば、と思います」。

 そしてこう語る。

「4年前の全日本選手権は武蔵野の森で、今年はさいたまスーパーアリーナです。あっという間ですね。我々のやることは、皆さんの感動する演技を裏でしっかり支えること。築き上げたことをしっかりやって、力を発揮できる舞台を作りたいと思っています」

 オリンピックシーズンを、飯箸も見据える。

飯箸靖孝(いいはし・やすたか)高校3年生のとき松戸市内のスケートリンクでアルバイトを始め、以来スケートリンクに携わる。1995年にリンクの運営管理や仮設リンク設営などを行なう株式会社パティネレジャーに入社。