文=のかたあきこ 写真=木下清隆

会津若松の奥座敷・東山温泉随一の老舗木造旅館。

国の登録有形文化財第一号の名建築

 会津若松の奥座敷として、開湯1300余年の時を刻む東山温泉。湯川沿いに旅館が建ち並ぶ中で、一際目を引くのが赤瓦の木造旅館「向瀧(むかいたき)」である。会津藩士の保養所を引き継ぎ、明治6年(1873)に創業した。歴史を感じさせる建物は平成8年(1996)、国の登録有形文化財第一号に指定されている。

特別室「はなれの間」。大正時代の東山温泉史には「宮内庁指定棟、各皇族方お泊まりの御殿」と記されている。

 客室は全24室。中庭に面した「菊の間」や湯川に面した「桜の間」をはじめ、すべて和室で趣が異なる。中でも皇室ゆかりの「はなれの間」は明治末期に建てられた平屋の特別室で、三間続きの客室に廻り廊下の付いた書院造り。折上格天井の専用浴室もあり、100%源泉掛け流しの温泉が満ちる。

特別室「はなれの間」の専用浴室。100%源泉掛け流しを独占。

「温泉付き客室(「はなれの間」「松の間」「竹の間」)から昨今は予約が埋まります」とは、六代目の平田裕一さん。三密を少しでも避けて温泉滞在を楽しみたいという客室風呂人気は、ウィズコロナの時代、全国的に続いている。

3つの貸切家族風呂は無料で入浴できる。

「ただ、満室でも大浴場が混雑することはほとんどありません」と平田さんは話を続ける。

「当館には3つの貸切家族風呂(無料)と男女別の2つの浴場(「きつね湯」「さるの湯」)をあわせて合計7つの湯船があります。どれも100%源泉掛け流しの自慢の温泉。満室でもお風呂が混雑することはほとんどないのです」。

熱めのお湯で夏場は汗がきゅっと引いていく「きつね湯」。

 名湯の宿として知られ、自然湧出の自家源泉を所有。独自の配管システムで温度を違えていて、タイルや御影石で造られた「きつね湯」は、44度前後とかなり熱め。夏場は汗がきゅっと引いていき、冬場は体の芯からあたたまる。42度ほどの「さるの湯」は広めの大理石風呂に川風が吹き渡り、涼やかにくつろげる。

「さるの湯」は川風を感じる開放感が心地よい。

 泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉。源泉掛け流し100%で、加水なし、加温なし、循環ろ過なしの完全放流式。フレッシュな湯はとても滑らかで真綿に包まれているように優しい肌心地だ。

 

美しい客室で美酒と美味を味わう至福

 食事は会津の郷土料理を中心とした会席料理。名物の鯉の甘煮、ホタテ出汁のこづゆ、にしんの山椒漬けなどのほか、季節の味覚が登場する。

漆器に盛られた会津の郷土料理は地酒とあわせて楽しみたい。

 夏の献立には鯉のたたきや新玉葱のジュレ掛け、会津夏野菜の天ぷらなどが楽しめる。土地の恵みを地酒とともに心ゆくまで味わえるのは、旅館の部屋食ならではの醍醐味である。朝食は目覚めの珈琲が客室注文できるなど、プライベートが感じられるおこもり滞在が昨今、喜ばれている。

客室で淹れたて香り豊かな珈琲を味わう優雅な朝。

 名建築として館内は見所が満載で、特筆すべきは文化財のひとつの大広間だ。格天井は今では再現できないと言われる桐の柾目一枚板を使用し風格がある。

大広間の見所は桐の柾目一枚板を使用した格天井。

 平田さんは木造空間が今に続く理由のひとつをこう話す。

「高松宮殿下が四度目に御来館の昭和48年、玄関から温泉街を見渡して『鉄筋の建物にはしないでくださいね』と父に話をされた。当時『時代に対応できる宿に』と周りは鉄筋化し大きくなり、ここだけ取り残されたようでした。けれど木造宿屋を守る使命を感じて、向瀧は変わらずに同じ姿で進んできました」

風が吹き抜ける渡り廊下は庭園を眺める特等席。

 通気性に優れた木造建築、全開となる引き戸、渡り廊下をはじめ、日本の気候に適した昔ながらの風通しのよい屋敷構造などが、今あらためて滞在のお客様に喜ばれているそうだ。

雪見障子や木枠のガラス戸など客室で日本建築を再発見。

 木造屋敷の風情を維持しながら、機密性を含めて快適性の追求に長年情熱を燃やした平田さん。旅館業を営む中で衛生管理はもちろん、感染症対策は特に20年以上前から、調理場、客室をはじめ徹底してきた。「コロナ禍の1年半、お客さまのお声、建物に教えられたことが色々ありました」と話す。

「ただいま」「おかえりなさい」と言う声が聞こえる玄関。

 伝統を磨き上げる宿びとと、それを求めて再訪する常連客。そして新たに魅力に気づく旅行者。守る人と滞在する人がいて老舗旅館は一層美しくあり続けるのだと思う。世の中が不安定な時ほど、変わらずにあり続けるもの、木造のぬくもりなど、人は不変なものを求めると感じる。建築美と源泉風呂が待つ、美しい木造旅館で癒しのひとときをぜひ