文=渡辺慎太郎

マイナーチェンジを受けたマセラティ・ギブリ。ディーゼル仕様がハイブリッドに置き換えられて、さらにV8仕様も加わった。V6仕様と合わせて3タイプのラインナップとなる

マセラティ史上初のハイブリッド仕様

 自動車業界は電動化のベルトコンベアに乗って少しずつ歩みを進めています。「CO2を排出せずに大量の電力を創出する」という肝心な部分についての議論は相変わらず停滞しているものの、各国が「○年までに電動化自動車を○%」「内燃機のみの自動車の販売禁止」といった規制や規則を定めているので、自動車メーカーはそれをクリアするべく準備をしているところです。

 それは、官能的なエンジンサウンドが大きな魅力でもあるマセラティでも例外ではなく、ミディアムサイズのセダンであるギブリのマイナーチェンジのタイミングで、マセラティ史上初となるハイブリッド仕様をラインナップに加えました。マセラティと電動化なんて、少し前ならまったく無縁のようにも思えたものの、ついにそういう時代に突入したのかと個人的にはちょっと感慨深いものがあります。

 世の中にはいまやさまざまなハイブリッドのシステムがあって、どれを選ぶかによってその自動車メーカーの志や思惑や事情や都合を垣間見ることができます。マセラティが選んだのはエンジンとBSGとターボとeブースターの組み合わせでした。BSGとは「ベルトドリブン・スターター・ジェネレーター」の略。エンジンを見ると横や前方に黒いベルトが見えて、それがいくつかの輪っか(プーリー)にかかっています。

 普通のクルマだと、エンジンをスタートさせるときに使うスターターモーター、バッテリーを充電するジェネレーター、エアコンを稼働させるコンプレッサーなどが、このベルトとプーリーを介してエンジン本体のクランクシャフトと共に動くわけですが、BSGはそもそも構造が似ているスターターモーターとジェネレーターをひとつにしています。スターターモーターがエンジン始動時だけでなく、走行時にもモーターとしてクルマの駆動力をアシストするいっぽうで、ジェネレーターはトランク内に収められた48Vのバッテリーも充電するというわけです。

 

ベースは2Lの直列4気筒ターボ

2Lの直列4気筒ターボにBSGやeブースターを組み合わせ、マセラティらしい動力性能と官能的なサウンド、そして経済性をも備えたハイブリッドシステム

 エンジンはアルファ・ロメオなどにもすでに使われている2Lの直列4気筒ターボを、マセラティがかなり手を入れてほぼ専用設計としました。ターボというのは排気ガスを使って空気を圧縮する機構で、エンジンが動き排ガスが出てタービンを回し、その力でコンプレッサーを作動させて空気を圧縮してシリンダーへ送り込むといういくつもの工程を踏むため、アクセルペダルを踏んでからターボの威力が発揮されるまでに若干時間がかかります。これが俗に言う「ターボラグ」。最近のターボエンジンでは昔に比べればターボラグはずいぶんと小さくなったものの、繊細な人は気になるかもしれません。

 それを補うのがeブースターです。eブースターはボルグワーナー社の商品名で、ターボと同様に空気を圧縮する装置ですが、こちらは48Vの電気で作動します。つまり、ターボが十分に働き出す前の段階でeブースターが活躍し、ターボが軌道に乗ったらeブースターは停止します。主人公が多くてちょっとややこしいので、ここまでの工程をあらたあめて整理してみましょう。

 クルマの動き出しにはもっとも力が必要なので、まずはエンジンとBSGのモーターが前に出て、すぐに今度はeブースターがそこに加わり、ターボが本格稼働をするとeブースターとモーターはいったん止まります。追い越しなど中間加速で瞬発力が必要な場合は、状況に応じてモーターがサポートするので、停止から発進、加速、そして減速時には回生ブレーキでバッテリーを充電。クルマの状況に応じてさまざまなデバイスが出たり入ったりしながら、スムーズでパワフルで経済的な動力性能を実現しているのです。

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まるでV型6気筒を積んだクルマのよう

 実際にギブリ・ハイブリッドを運転してみると、ターボラグはまったく感じられませんし、直列4気筒というよりはまるでV型6気筒を積んだクルマのような感じがします。トルクやパワーの出方が急激ではなく滑らかで、アクセルペダルに対するレスポンスも良好でした。今回の試乗会はサーキットのみでしたが、こうした場所でもパワーは余りあるほどで、おそらく公道では持て余してしまうでしょう。「2Lの4気筒か」などと侮っていると、色々と痛い目に遭いますのでくれぐれもご注意を。

 そして何より嬉しかったのは、マセラティ・サウンドが健在だったことです。このハイブリッドシステムは構造上、エンジンを止めてモーターだけで走行する“EVモード”はできないので、エンジンが奏でるハーモニーはいつでも聴くことができます。実はハイブリッドと共に、V8を搭載した“トロフェオ”も新たに追加されました。このV8もまた惚れ惚れするようなエンジン音で、無用にアクセルペダルを踏みたくなってしまいます。

ついにギブリにもV8搭載の“トロフェオ”が加わり、マセラティの現行モデルのすべてでV8が選べるようになった。そのパーフォマンスもサウンドも見た目も、マセラティの真骨頂である

 「電動化」という言葉は、大手メディアでも誤解しているところがたまにあって、電動化=電気自動車ではありません。モーターとエンジンを組み合わせたハイブリッド車や、充電もできるハイブリッドのPHEV、水素を燃料として発電しながら走る燃料電池車もこれに含まれます。だから「クルマはじきにみんなEVになってしまう」なんて時代はずっとずっと先のことだし、ひょっとすると未来では燃料や大気汚染に関する大きな技術革新があって、案外いまと同じように化石燃料で走るクルマがメインとなる可能性もゼロではないわけです。トロフェオの追加は、そんな時代へのほのかな期待のようにもうかがえます。

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