文=松原孝臣 写真=積紫乃

北アルプス白馬三山を背景に、いくつものスキー場があり、海外からの人気も高い観光地・長野県白馬村。フリースタイルスキー・モーグルの選手として世界で活躍した上村愛子さんが、子どもの頃から二十代前半を過ごし、今も折に触れ過ごすという白馬を紹介。名物の「三段紅葉」から、冬以外も楽しめるアクティビティ、新しくなっても変わらないい土台など、“白馬通”だからこそ知っている魅力を全3回でお届けします。

上村愛子

国内外で人気の観光地・白馬

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

 ノーベル賞を受賞した川端康成の『雪国』の冒頭は、この一節とともに始まる。

 素朴に思えるも、豊かな情感のこもった一文を、ふと思い出す。駅を降りた瞬間、ロータリーからまっすぐに延びる道の先に広がる山々を目にした瞬間のことだ。

 白馬駅からの光景である。

白馬駅を出て正面には北アルプスが目に飛び込んでくる。

 白馬駅は長野県北部に位置する白馬村の玄関だ。近年、白馬は観光地としてその地位を高めてきた。海外から訪れる観光客も増え、国内での人気も高い。

 今秋、民泊仲介世界最大手の米Airbnbが発表した国内を対象とする人気旅行先ランキングの1位も白馬村であった。

 何が人々を白馬へと駆り立てるのか。

「自分にまとわりついた重たい空気が全部飛んでいくような感じがするんです」

 上村愛子は言う。

 上村は日本のスキー界を担ってきたスキーヤーである。

 フリースタイルスキー・モーグルの選手としてオリンピックは1998年の長野大会で初出場、見事、7位入賞を果たした。以降、2014年のソチ大会まで実に5大会連続で出場し、そのすべてで入賞。何よりも、ワールドカップ総合優勝、世界選手権金メダルの実績が物語るように、世界のトップスキーヤーの1人であった。

 上村は、子供の頃、白馬に移り住み、二十代半ばまでを過ごした。その後も折に触れ、故郷である白馬に戻り、時間を過ごしてきた。

 

「空気」の違い

 白馬を熟知する上村がまず語ったのが「空気」だ。

「疲れて帰ってきても、ものすごくリラックスできるんです。木々の、葉っぱのこすれる音を聞いたり、身の回りにそういう自然の音があったり、不思議な『気』があるんじゃないかというくらいです。ただただ、風景がきれいで」

 そこで暮らす人々の営みも、どこか異なると言う。

「宿屋さんであったり、何かしら商売をやっている人だったり、慌ただしいはずなのに、そういう感じがしない。スーパーに行ってもそうです。スーパーって忙しい場所じゃないですか。でも忙しそうにしていても、時間がゆっくり流れているような気がします」

 そんな落ち着きのあるたたずまいが、多くの人を惹きつけてきた。

 落ち着いたたたずまいを形作る土台は、白馬を包む山にある。上村も、駅を降り立ったときの光景に言及する。

「駅を降りて、山が見える。他にないと思うし、わくわくしますよね」

 白馬連峰という名の通り、数々の山が連なる。中でも広く知られるのは「白馬三山」の白馬岳・杓子岳・鑓ヶ岳だ。北アルプスを代表する景観として知られてきた。

 白馬の山々は季節を問わず、魅力を放つ。雪のない季節なら登山やトレッキング、夏場なら高山植物が豊かに広がる。秋には紅葉が山々を装い、とりわけ、三兆付近に積もった白い雪、赤い色、裾に広がる針葉樹の緑の三色は「三段紅葉」として美しい光景を形作る。

白馬岩岳の紅葉。

 山をいかし、いくつものスキー場が作られてきた。上村が初めてオリンピックに出場した1998年の長野冬季オリンピックでは白馬も会場となり、ジャンプ競技が行われていることも白馬と雪との縁の深さを物語る。

 いくつものスキー場は毎年多くのスキーヤーが訪れる。つまりは季節を問わず、人々を惹きつけてきた。その根幹にあるのが山であり、豊かな自然とともに育まれた落ち着きや空気にほかならない。

 上村自身がその魅力に気づいたのは、白馬を離れる時間が増えてからのことだ。

「住んでいるときは、アルプスの景色が好きだったりはしましたが、当たり前という状況でした。ちっちゃいときから暮らしていてそれしか知らない人間だったので。でも、選手として海外遠征に行ったり、東京に出たり、違う場所で過ごしてみて白馬のよさに気づかされました。ほかのところに行けば、それはそれで刺激的ではあります。でも白馬に帰ると癒される。そういうことに気づいたのも、外に出たからでしょうね」

 変わらぬ山々とともに、白馬村はある。

 ただ、変化もある。

 今年の夏から秋にかけて、久しぶりに1カ月くらい白馬で過ごしたという。

「前から、いろいろやっているな、とは思っていたけれど、今回長期間を久しぶりに過ごしてみて、実感しました」

 上村が実感した変化とは何だったのか。

 それも白馬に人を惹きつける要因となっていた。(続く) 

1998年2月、長野五輪での上村愛子。写真:アフロスポーツ

上村愛子(うえむら・あいこ)
フリースタイルスキー・モーグルの選手として冬季オリンピックに5大会連続で出場しすべての大会で入賞。世界選手権優勝、ワールドカップ年間総合優勝を達成。2014年4月に現役引退。次代を担う選手の育成や普及に努めるほか多方面で活躍。平昌冬季オリンピックではキャスターとしてさまざまな競技を現場から伝え、高い評価を得た。