文=松原孝臣 写真=積紫乃

2018年、全日本選手権の翌日に開催された「オールジャパン メダリスト・オン・アイス2018」にて紀平梨花にメイクをする石井勲。(提供=コーセー)

選手の個性を引き出す大切な要素

 フィギュアスケートはジャンプをはじめ、技術を追求する面のみならず、プログラムの世界を表現する芸術性を併せ持つ。「魅せる」という特色を強く持つがゆえに、それぞれのプログラム、選手の個性を引き出す衣装の存在が重要となり、そして「メイク」も大切な要素となる。

 だからそこには、プロフェッショナルな存在が必要となる。その1人が、石井勲だ。株式会社コーセーのメイクアップアーティストとして、フィギュアスケーターを支えてきた。主に化粧品製造・販売を手がけるコーセーは、長きにわたり、スポーツに親しむ女性へ向けた商品開発に取り組んできたという。

「1976年、『スポーツ』という日やけ止めを中心としたブランドを発売していて、1981年には『スポーツ ビューティ』という汗、水に強いメイクや、ファンデーション等を取り揃えたブランドを発売しました」

 その流れから「美」にかかわるスポーツを中心に支援を続けてきたと石井は言う。

 その1つにフィギュアスケートがある。2006年、コーセーは、日本スケート連盟とオフィシャルパートナー契約を締結。以来、スケーターをサポートしてきた。そして石井はその中心となり、サポートにあたってきた。

 大会のエキシビションの日やアイスショーの際、会場内にメイクブースを設置。3人体制で、1人の選手に対し30分の枠を作り、その中でヘアセットとメイクにあたる。予約表を作ってはいるが、「急きょ依頼されることもあるので、結構ばたばたします」。

 アイスショーのためのメイクをするばかりではない。ショートプログラムやフリー、シーズンのプログラムのためのメイクの相談を受け、アドバイスする。

 

最初はほとんど来なかった

 サポートを始めた頃は、今日と状況は異なっていたと振り返る。スタートは2007年のNHK杯のときのこと。

「ショートプログラム、フリーも含め大会の期間中、ブースを設置しました」

 だが、選手はほとんど来なかった。

「選手やコーチの方々も、我々とは全く面識がありませんでした」

 唯一来てくれたのは「長洲未来さんでした」。

 その後も2回ほど続けたが、やはり選手は来なかったことから方針を転換し、エキシビションのみの設置とした。

「後々、どうして来なかったのかを聞くと、試合のときはルーティンがあったりするので、行けなかったそうなんです」

 当時の状況を聞くと、選手に限らずコーチも訪れるという今日とは隔世の感がある。そこには信頼関係の醸成がうかがえる。

「選手の皆さんにとって憩いの場、楽しい空間作りを心掛けました。今では、メイクブースが溢れかえるくらいに、にぎわっています。その理由ですか? 親しみやすいと言われる自分の性格ですかね」

 と石井は笑う。

 理由はどうあれ、少しずつ認知され、そして選手たちにとって、メイクブースが自分の居場所になっていった。

 

メイクに「正解はない」

 楽しい空間作りばかりが理由ではない。

「メイクやヘアの仕上がりを選手やコーチが納得してくれたことも、(現在に)つながっているのかなと思います」

 フィギュアスケートだからこそ、最大限の注意を払うべきことがある。

「滑っているときに、ピンなどが氷の上に落ちたら、試合であれば減点になるじゃないですか※。そうしたところで信頼されなければいけません。何よりも、プログラムの世界観を高められるかどうかが大切だと思っています」

※ピンや衣装の一部の落下は、ジャンプ転倒などと同じー1点となる。

 選手からはどういう曲で、どんな衣装で滑るのかを聞き、それに合わせて提案すると言う。

 ただ今シーズンは例年とは異なる。

「新型コロナウイルスの影響で、選手と顔を会わせる機会がなかなかありません。選手から連絡をもらい、デザインを描いて、メイクの入れ方や使い方を説明した上で商品を提供し、サポートするようにしています」

 長年、選手と接し、選手たちの個性も知ってきた。メイクへのこだわりも選手によって強弱がある。

「こだわっている選手はすごくこだわっていますね。中でも紀平梨花さんはすごく上手です。ですから、より世界観を出すために『ラインをもうあと1mm強めて』とか、上級レベルのアドバイスをするようにしています。本田真凜さんもこだわりが強いですし、安藤美姫さんもそうでした。3人に共通するのは、自分でもメイクをよく勉強しているし、自分の顔もよく分かっていることです」

2019年世界フィギュアスケート選手権のエキシビジョンで「Faded」を演じる紀平梨花。(写真:松尾/アフロスポーツ)

 選手は顔立ちなり、それぞれに個性がある。その上でプログラムの世界がある。そこに「正解はない」と語る。

「メイクは無限大の組み合わせです。本人がネガティブに思っているところを解消するためのメイクもしますし、この曲、世界観ならこれがいい、というところを活かしたメイクをしたりします」

 だからメイクも選手それぞれだ。シーズンが異なれば、同じ選手でも変わる。

 まさに表現の一端を担う重役を背負ってきた石井は、フィギュアスケートの変化をメイクから眺めてきた。(続く)

石井 勲
コーセー メイクアップアーティスト。自社ブランドのメイクアップデザインやCM、雑誌、ショーメイクのほかフィギュアスケートのメイクやアドバイス、アーティスティックスイミング日本代表のメイク監修などにかかわる。