文・画像=末永幸歩

「手を使って思考する」とは?

こんにちは、美術教師の末永幸歩です。私はこれまで、中学校・高校で「アート思考の授業」を展開してきました。

「アート思考」とは聞き慣れない言葉かもしれません。『13歳からのアート思考』のなかで、私はアート思考を「アーティストたちが作品を生み出すまでの、人目に触れない過程で行っている、自分を起点にした思考法」であると定義しました。

 自分の興味や疑問を皮切りに探究していくアート思考は、従来最優先されてきた論理的な課題解決法ではたどり着くことができないような新たな価値を生み出す可能性を秘めています。

 前回の連載(「個性がない」と思う人が自分らしさを見つけるには)では、アート思考のスタート地点である「自分の興味」について掘り下げました。

 今回と次回の連載では、「どのように探究するのか?」という部分についてお話しします。

 さて、あなたは新しいものを生み出そうとすとき、なにから始めるでしょうか?

デスクに座り、パソコンのメモを立ち上げる・・・
会議室に集まって頭を捻りながら計画を立てる・・・

 おそらく、このように「頭」を使って「完成予想図をつくる」ことからはじめる人が圧倒的に多いのではないかと思います。

「目標を定め、計画を立ててから行動する」。これは、多くの場面で役に立つ論理的な方法です。正しい手はずを踏みさえすれば、大きく的を外すようなことはなく、定めた目標に近づくことができるでしょう。

 一方で、これと対局にあるのが、「ゴールを設定せず、手を使って考える」という方法です。「動きながら考える」という意味で、「考動(こうどう)」という造語がぴったりです。

 目標を設定しないので、なにがいつ生まれるのか全く予測できませんし、「ろくなものが生まれなかった・・・」ということだってあるかもしれません。前者と比べるとまったく非効率な方法です。

 しかし、アーティストたちがアート思考をしながら作品を生み出す過程は、まさに「手を使って動きながら考える」ことそのものなのです。

「論理的な方法」では、自分が定めた目標に近づくことはできても、自分の思考の枠組みを大きく超えるようなものはなかなか生まれません。

 しかし、手を使って動きながら考える「アート思考的な方法」では、当初自分でも想像することができなかったような未知のものに辿り着く可能性を秘めています。

 

無計画な子どもの行動にみるアート思考

 手を動かして考える場面を目の当たりにしたことがあります。それは、小学校低学年の子どもを対象とした、「未知の生物をつくる」というワークショップを参観したときのことでした。

 このワークショップでは、未知の生物を生み出すための手立てとして、①はじめに生物植物図鑑から好きな生き物を複数選び、②それらを組み合わせたりアレンジを加えたりしながらデザインを描き起こし、③デザインをもとに制作する、という手順が提示されていました。

 しかし、子どもたちは手順を守らず、無計画のまま目の前にあるダンボールを切り始めたり、興味の赴くまま道具箱にある素材を手にとったりし始めました。

 ワークショップ主催者の意図は大きく外れたわけですが、このとき子どもたちが夢中になって手を動かした結果生み出された作品は、決して事前のデザインでは生み出すことができなかったであろう、見たこともないような未知の生物たちだったのです。

 私は、これこそが手を動かして考える、アート思考的な方法であると感じました。

 

完成予想図以上のものを生み出す

 中高生に向けて私が行っているアート思考の授業では、「手を使って思考すること」を積極的に促しています。ここからはその一例をご紹介します。

 あるとき、高校生に向けて、油絵の授業をしました。油絵は、絵画の中でも特に歴史が長く、様々な技法が確立されています。そのため、油絵の授業といえば、基本的な技法を習得することから始めるのが普通です。

 しかし、このとき私は、油絵の用具や技法についてあえて一切説明せず、「油絵実験」をすることから始めました。授業の初日、油絵の用具である「油絵具」「キャンバス」「専用油」「筆」に加えて、少々変わったものを机に並べておきました。

 キャンバスだけでなく、「様々な布生地」「ペラペラの紙」「ダンボール」「ガラス瓶」・・・

 専用油のほかに、「食用サラダ油」「オリーブオイル」「水」・・・

 筆と一緒に、「歯ブラシ」「スポンジ」「茶筅」「スプーン」・・・

 教室に入ってきた生徒たちは「なにが始まるんだ?」と興味を示した様子。実験が始まります。

 ある生徒は水彩絵具と同じように、油絵具を水で溶いて、紙に描こうとしました。しかし、水と油はうまく馴染みません。筆に絵の具がこびりついてしまいます。

 ある生徒は、ペラペラの紙にサラダ油で溶いた油絵具で描きます。紙に油染みが広がり、透けたような状態に。正当な油絵の描き方とはまるで違いますが、「薄い花びらみたいでなんかいい!」と気に入ったようす。花びらのイメージで何枚かの紙を重ね合わせていきました。

 他のある生徒は、水っぽく溶いた油絵の具を、スプーンを使って画面に垂らしています。「面白そう」と隣にいた生徒も別の色を垂らしました。2色が混じり合って、独特の模様が生まれています。

 油絵実験は、その名の通り、手を動かして実験すること自体が目的なので、私から「~を描いてください」と課題を出しているわけではありません。

 しかし面白いことに、手を動かして実験していくなかで、自然と表現の片鱗が生まれていきます。

 ここでは、「探究すること」が目標を達成するまでの「過程」ではなく、それ自体が「目的」になっています。手を動かして探究していくことで、事後的に表現したいことが生まれていくのです。

 さて、油絵実験を経て、生徒たちはどのような表現を生み出したのでしょうか?

 次回は実際の生徒たちの作品をご紹介しながら、「手を使って考える」ことについて更にお話していきます。