文=松原孝臣 写真=積紫乃

衣装デザイナー・伊藤聡美が選手から熱望される理由(第1回)

衣装に込められた物語

 フィギュアスケートの衣装デザイン、制作で注目される、伊藤聡美の創作するコスチュームには、1つ1つ、「物語」がある。

 例えば、グランプリシリーズに出場するなどの活躍を見せる白岩優奈のショート『亜麻色の髪の乙女』。2017-2018シーズンのショートプログラムの衣装を手がけた。明るく淡い色合いのグラデーションのスカート、優美な花の装飾に彩られ、柔かく清楚な余韻を残す。

2017年グランプリシリーズフランス大会でショート『亜麻色の髪の乙女』を演じる白岩優奈。(写真:千葉格/アフロ)

 依頼時、ドビュッシーの曲であることを聞き、伊藤は思い出したことがあった。2012年、東京で開催された展覧会「ドビュッシー、音楽と美術――印象派と象徴派のあいだで」に足を運んだとき、「ドビュッシーには印象派の絵画が似合う」と感じたことだ。

 デザインにはそのときの感想をいかした。

「印象派の絵画のように一瞬の光を捉え、抽象的で暖かみのある衣装にしたいと思いました。モネの『日傘の女』のように、優奈さんが草原で立っているイメージ。氷の上でもそういう風に見えたら良いなと思いました。バックスタイルは額縁のイメージで花の装飾を縁取っています」

 白岩からの依頼は、そのときが初めてではなかった。以前会ったとき「けっこう可憐なイメージがあったんですね。そういう雰囲気の衣装を作りたい」と思ったという。

 白岩への印象、5年前の展覧会の記憶があって生み出された衣装だった。

 

「〝言われたとおり〟なら、誰でもできる」

 樋口新葉のフリー『Skyfall』の衣装もまた、強い印象をもたらした。

『Skyfall』はイギリス人歌手・アデルが歌う映画『007 スカイフォール』の主題歌だ。「007やジェームズ・ボンドではなく、曲からイメージしてほしい」と樋口からリクエストを受けていた伊藤は、「アデルの曲なので女性らしいドレスのような衣装」にしたいと着想を得て、曲名からイメージをふくらませていった。

「『Skyfall』には色々な解釈があります。Skyfall=ボンドの出生地でもあれば、直訳すると『空に落ちる』という意味であったり、ラテン語で『大地が落ちても正義を果たせ』という意味もあるようです」

 そして自分なりの想像からストーリーを組み立てていった。

「イメージはスパイになった新葉。パーティに潜入。クラッチバッグには小型の拳銃を持っている。しかし、敵にばれて逃走→窓ガラスに向かって発砲、ガラスを割って逃げる。ガラスの破片がキラキラする中、闇に逃げていくスパイ新葉・・・」

 アデルのボーカルが始まるところからは、

「スパイ新葉ではなく、一人の女性としての樋口新葉。銃は人を傷付ける道具でもあり、銃を使うたびに彼女の心も割れていく――悪を倒すのは正しいことだ。でも、悪人にも家族がいて、大事な人や子供がいたら? 自分の正義が果たして正しいのか? そもそも自分の行なっていることが果たして正義なのか? ――そんな葛藤が生まれる。樋口新葉自身も傷ついている、それでも彼女は、自分の正義を信じて闘う」

2018年世界フィギュアスケート選手権でフリー『Skyfall』を演じる樋口新葉。(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

 これらの例に限らない。伊藤は建築物、ドラマ、さまざまなところから発想し、組み合わせ、イメージを創り上げる。

「発想の仕方みたいなものは、服飾の学校で学んだというか、授業の一環でポートフォリオをたくさん作りましたし、特にイギリスの芸術学校で『ただ作るだけじゃなくてどういうコンセプトがあるかをきちんと調べなさい』と、過程を大事にすることを教わりました。きれいな衣装ができたからいいです、ではなく、そこに行くまでのストーリーを話せるようにしなさいと教えられたので、それが今でもいかせていると思います」

 教えられたとしても、その作業を怠らないのは、次の言葉に手がかりがある。

「いろいろなものを見ようとは思っています。例えばジョギングしていて空がきれいだなとか、ささいなことでも記憶に残して、いつか衣装に使えたら、と考えています。自分が見たものや感じたものからしか出てこないんです」

 そして、「一点もの」であるからこそ、1着1着を大切にする姿勢にほかならない。

「ただ言われたとおりにきれいな衣装を作るのは、ある意味失礼かもしれないですが、誰でも作れるというか・・・。そうではなく、特にフィギュアスケートは映画やミュージカルの音楽とかよく使うので、舞台背景、ストーリー背景などが見えるようなものをデザインに落としたい。それが大事だと思っています」

 ただし、こうも語る。

「衣装はフィギュアスケートを観る上で、とっかかりになる部分だと思います。パッと見てすぐに目に入るので。ただ、衣装を観て楽しむだけではフィギュアスケートの本質とはずれていると思います。衣装がすてきだなと思ったら滑っている選手の思い、体で感情を表現しているのでそういうところをみてほしいですね」

 衣装はフィギュアスケートの世界の導入部である。導入部でありつつ、重要な役割を担う。

 そして競技であるから求められる要素も出てくる。

 例えば、羽生結弦の衣装だ。(続く)

伊藤 聡美
いとう・さとみ エスモード東京校からノッティンガム芸術大へ留学。帰国後、衣装会社に入社し、2015年に独立。男女を通じ国内外の数多くのフィギュアスケーターの衣装デザイン、製作を請け負う。20年3月、『FIGURE SKATING ART COSTUMES』(KADOKAWA)を刊行。