文=渡辺慎太郎

自動車業界は大丈夫なの?

MC20の発表会は基本的にオンラインだったが、ニューヨークと東京には実車のモックアップが展示された

 新型コロナウイルスの影響をまったく受けていない人なんてこの世にはひとりもいなくて、何が本当に正しくて何が本当に正しくないのか分からないまま、私たちは恐る恐る経済活動を再開しています。飲食や観光や公共交通など、身近なところにある厳しさはなんとなく肌感覚で分かるものの、「自動車業界は大丈夫なの?」といった質問を最近よく受けるようになりました。自動車業界もご多分に漏れず、どこも状況は深刻です。工場の操業停止や販売店の休業を余儀なくなれるなど、販売台数に直結するところで目詰まりを起こしているような時期がずいぶん長く続いたからです。そんな事態を突きつけられると「ああやっぱり自動車メーカーも大変なんだよな」と思ういっぽうで、まるでそんなことなどなかったかのように、9月に入ってからいくつものメーカーが相次いでニューモデルを発表しました。

 マセラティが発表した“MC20”はなんとスーパースポーツカーでした。エコだ電動化だと叫ばれる昨今において、V6ツインターボを搭載したふたり乗りでバタフライドアを装備したミッドシップスポーツカーを大々的にお披露目するなんて、“KY”を通り越してむしろその勇気と気概に天晴れと言いたくなるくらい個人的には感心しています。

 このクルマのために新開発されたカーボンモノコックのボディは全長4669mm、全幅1965mm、全高1221mm、ホイールベース2700mmで、サイズ的にはすでに生産を終了している2ドアクーペのグラントゥーリズモとほぼ同じ。“ネットゥーノ”と名付けられたエンジンもまた新開発で、3000ccのV型6気筒ツインターボは最高出力630ps、最大トルク730Nmを発生。最近のマセラティのエンジンはフェラーリと一部を共有していたり、生産もフェラーリに委託していたものの、ネットゥーノは完全自社開発/自社生産となります。「フェラーリと共有のほうが聞こえはいいのに」との声もあるようだけれど、エンジニアとしてクルマの心臓部となるエンジンも自分の手で作りたいと思うのは当然の心境であり、今回それがようやく叶ったわけです。パフォーマンスデータは0-100km/hが2.9秒以下、最高速は325km/h以上と公表されていて、まさしく“スーパースポーツ”らしい圧倒的動力性能を有しています。

 センターにタッチパネルを置いて機械式スイッチを最小限まで削減した室内の景色は最近のクルマの雰囲気ですが、過度な装飾は施さず、ドライビングに集中できるようになっています。前後にトランクが用意され、計150Lの荷室容量も確保。ショートトリップくらいの荷物ならどうにか収容できるかもしれません。日本での発売時期は来年ですが、すでに価格は発表されていて2650万円也。なおマセラティの名誉のために付け加えておくと、MC20には今後BEV(=電気自動車)も追加されることがすでに発表されています。MC20は世間の空気を読まずに出した単なるスーパースポーツカーではないというわけです。

 

パッケージを意識したデザイン

Sクラスは当面、ガソリンとディーゼルのみだが、来年にはPHEVも追加される予定。電動化の準備も整っている

 前々回のこのコラムでインテリアの一部とHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)について紹介したメルセデス・ベンツの新型Sクラスもついにワールドプレミアとなりました。エクステリアデザインはどちらかと言えばオーソドックスで、奇をてらった印象は薄いものの、空力は徹底的に吟味されていて、Cd値0.22という数値はクラストップレベルを誇っています。ボディはショートとロングの2種類が用意され、全長はショートが5179mm、ロングが5289mm。ショートでもホイールベースは3106mm(ロングは3216mm)もあるので、かなり堂々としたサイズですが、従来型と比較すると全長はショートで54mm長くなっただけなので、むしろ「これ以上ボディはなるべく大きくしない」というメルセデスの意思が感じられます。エクステリアの拡大分よりも室内やトランクのほうが飛躍的に広くなっているようで、パッケージを意識したデザインであることが分かります。

 とにかく新型Sクラスは新しい装備がてんこ盛りで、メディア向けに配られた英文の資料はA4サイズでなんと83ページにも及びます。有機ELディスプレイやARやAIといった先進技術はもちろん、後輪も操舵して最小回転半径をAクラスと同等にする機構や最上の乗り心地をもたらすフルアクティブサスペンション、レベル3相当の自動運転機能とレベル4相当の自動駐車機能、活性炭入りフィルターを用いて空気を浄化するだけでなく室内の湿度もコントロールするエアコン、前席後ろに格納した後席用エアバッグなど快適性や安全性にまつわる装備が目白押しです。実はこうした装備の数々は、どこの自動車メーカーも現在開発中のものばかりで、“目新しさ”には少し欠けるものの、もっとも評価すべきはそれらをどこよりも早く2020年9月に発表したモデルに実装したという点でしょう。今後、各メーカーもSクラスに似た装備を次々と発表するでしょうが、“後出しジャンケン”で負けるわけにはいかないのできっといまごろ開発部隊は大変だと思います。

 なお、日本での発表時期や価格は現時点で未定ですが、ドイツ国内では年末にもディーラーに並ぶそうです。

 

Zの復活に多くのファンが湧く

 マセラティとメルセデスは量産車の発表でしたが、まだデザインコンセプトであるにもかかわらず大きなニュースとなったのが日産のフェアレディZプロトタイプです。一時は存亡の危機に陥ったとも言われるZの復活に多くのファンが湧きました。初代S30型のシルエットなど歴代のモデルのモチーフを随所に採り入れたデザインは、チーフデザイナーによれば「レトロモダンなテーマとフューチャリズムを組み合わせる挑戦」だっととのこと。Zに対する思い入れやイメージは人によってさまざまですが、その筆頭に挙がるのは「格好がZに見えること」であり、それに関して今回のプロトタイプは要件を備えているでしょう。コクピットで特に注目を浴びたのはマニュアル・トランスミッションのシフトノブとハンドブレーキが装備されている点。ドライバー自らが操り、いざとなればハンドブレーキを駆使してドリフトも楽しめる、そんな妄想をかき立てたようです。

Zのデザインはすべて日本国内で行われたという。生粋の日本製スポーツカーは、苦難の連続の日産の救世主となるだろうか

 コンセプトモデルなので、量産車がこのままのデザインで出てくるのかはまだ分からないし、プラットフォームはどうするのかなど、不明な点も数多く残されています。とはいえ、予想以上に反響に1番驚いたのは日産自身のようで、余程のことがない限り、数年以内にZは正式発表されることでしょう。

 クルマの開発には少なくても4年以上はかかるのが一般的なので、この3台を含めた今年発表されるモデルのほとんどは開発過程でコロナ禍の影響を大きく受けてはいません。むしろ各自動車メーカーが現在開発中のモデルについては、業績不振による開発費の削減などにより、商品計画の見直しを迫られる可能性もあります。自動車メーカーがコロナでも本当に大丈夫だったかどうかは、数年度にその結果が現れることでしょう。