文=難波里奈 撮影=平石順一

地元から愛される珈琲専門店

 エチオピア、ボリビア、ケニア、ルワンダ、コスタリカ・・・。珈琲豆の名前。スマトラ式、ウォッシュド、ナチュラル、パルプド・ナチュラル。豆の精製方法。ハンドドリップ、サイフォン。抽出方法。「珈琲」と一口にいっても数えきれないくらいの楽しみ方があって、長年飲んでいながらその奥深さの入り口にもまだ立てていない。それ故か、どこででも気軽に飲めるようになった今でも「珈琲専門店」という文字を見つけると少し緊張する。そういう人は多いのではないだろうか。

 JR八王子駅(東京都八王子市)から徒歩数分のところにある「憩」は、大きなガラスの外側から店内の様子がよく見えるので入りやすく、昔ながらの純喫茶でありながら敷居が高くないところも魅力だ。

ガラスから光が入る開放的な店内。

 創業は1968年。とびきり美味しい珈琲を淹れて下さるのは、初代の河野仁さんと二代目の忠さん。幼い頃から食べることや料理に興味があった忠さんは調理師学校で学び、フレンチレストランでしばらく勤務した後、初代であるお父様や奥様と一緒に憩に立つようになった。

憩の魅力のひとつは淹れ方を選べること。深く味わうならネルドリップ(上)、さっぱりといただくならサイフォン(下)。同じ豆で味わいの違いを楽しめる。水は地下水を利用、温度は87〜89度と平均の90度よりやや低めなのが特徴。

 色々な純喫茶を巡っていて常々思うことは、珈琲豆が植物である限り一粒として同じものはないはずなので、いわゆる「変わらない味」というものを提供することはとても大変なのではないかという疑問。その年の天候や気温、生産者や焙煎者によっても都度違うだろうし、仕入れた豆との向き合い方に慣れてきた頃に新しいものに変わってしまうことも多々あるはず。

 このような問題に忠さんはどのように接しているのか尋ねてみると「豆が変わるたびに修行だと思っています。土壌によってある程度は判断できますが、来た豆と毎回向き合うことで一番美味しい淹れ方を模索するしかないですね。」と返ってきた。それでいて基準を決めておかないとぶれてしまうため、湯は豆に合った温度で注ぐなど自分のスタイルに合わせて守っているそう。

「自分のスタイルを決めてから淹れないとぶれてしまう」と忠さん。ネルドリップのフィルター(平織)と、ドリッパーは父・仁さんのお手製。豆の中に少しでも湯がとどまるように、フィルターはドリッパーと少し隙間ができるように縫い目を工夫している。

 冒頭に書いたように豆の種類によっては苦みや酸味などが変わり、ネルドリップで淹れるとコクのある美味しさ、サイフォンでは温度が高めでさっぱりした味など、好みはひとぞれぞれで自分の好きな味に出会えるまで気長に追及することができる長い道のり。「一つ好きな珈琲を決めて、それを突き詰めるのか冒険していつもと違ったものを飲んでみるのか。探求心や知識があるとより楽しめると思うので分からないことがあったら聞いてほしいですね」とは憩を訪れる人たちへのアドバイス。

珈琲の種類はブレンドを含め35種類。ウイスキーを炙った後に、コーヒー、ミルクを入れる「アイリッシュコーヒー」もおすすめ。
モカアイスに珈琲を追加して練り上げた「モカ・クロテスト」と珈琲ゼリー、チョコレートシロップのかかった「モカクロコーヒーゼリー」と、様々な珈琲が楽しめるのも魅力。ちなみに「クロテスト」の意味は不明だとか。

 もちろん、珈琲が飲めない方でも大歓迎。ナポリタンなど昔ながらのメニューも復活予定。また紅茶やジュース、ケーキなどもあるのでどなたも安心して足を運んでほしい。

扉に手をかけて真っ先に視界に飛び込んできるロゴマークを素敵だと思いながらも深く観察したことはなかったが、「ハートは女性、ダイヤは男性」を表していると聞き、あらためて眺めると秀逸なデザインだと感じる。店はビルにする時に建て替えているが、手前にある2つのランプだけは創業当初からある。今も店内にある小さな焙煎機で焙煎。その横にあるレトロなレジスターも現役。