写真・文=山下英介

ハバナの旧市街で観光客に写真を撮らせて料金を徴収する、クラシックスーツを着た紳士。実は彼も公務員であり、「芸術家」と同じ枠に入っているらしい。「わしはスーツを40着持っている」と自慢する彼が、なんとも愛おしい

社会主義国のクラフツマンシップとは?

旧宗主国であるスペインの影響を色濃く感じさせる、ハバナの下町風景。建物の朽ち加減すら美しく感じさせる。ちなみに夜は暗いが治安は良好で、ひとり歩きも可能だ

「海外に行けるようになったら、どこに行きたい?」

 最近よく聞かれるのだけれど、それはなかなか難しい質問だ。

 仮縫い状態のスーツが2着残っているイタリアか、街を歩いているだけで気分がアガるロンドンか、それとも人々が最高にフレンドリーなトルコの田舎か……。でもやっぱり、あえてひとつに絞るならキューバだ。なぜなら僕はまだこの社会主義国の職人やものづくりを、まだ理解しきれていないから。

 ここでは、僕が雑誌『MEN’S Precious』のファッション撮影のために訪れた2018年のキューバで見た、現地のリアルなものづくり事情を紹介したい。

キューバを象徴する風景、革命広場。チェ・ゲバラが描かれた建物は内務省である

 1959年の「キューバ革命」以降、社会主義体制を続けているキューバ。ほぼすべての産業は国営である。長年砂糖の単一栽培に頼っていた歴史も長く、その経済は決して豊かとはいえない。医療費は無料だし、基本的な食料は配給によって得られるので、飢えることこそないのだが、国民の平均月収は15〜30ドル程度。優雅に外食を楽しんだり、おしゃれな服を買ったりする余裕はない。この国では激遅のwi-fiに接続するのにも、パスワードが書かれたカードを買わなくてはいけないのだ!

 僕たちなら「仕事を頑張ってひと稼ぎするか!」と奮起するところだが、キューバ人の場合いくら働いたところで収入はだいたい同じ。となると当たり前だが、ホテルやレストランなどで僕たちが受けるサービスはだいたい投げやりだし、ご飯はおしなべて美味しくない。まあそりゃそうだ。野菜類に関しては、近年国策による有機農業が浸透して生産量とクオリティが上がったそうだが、肉類はなかなかキツい。超高級レストランにでも行かない限り、日本のファミレスレベルの食事をとるのは不可能だと思われる。

スペインのクラシックな建物と社会主義建築が入り混じる街並みを、1950年代以前につくられたアメ車が悠々と通り抜ける。よく考えればアバンギャルドだが、不思議なほどに調和した風景だ

極上シガーの決め手は「朗読!?」

街中でラジカセの音楽を聴きながら、シガーや酒を楽しむオジサンたち。配給でもらえるキューバ人にとって、シガーなんて毎日飲む煎茶のようなもの。僕たちとは捉え方が全く違うのだ

 ただし、そんなサービス精神皆無なキューバ人労働者が、ニコニコと愛想よくわれわれに近づいてくることもある。そして彼らは、決まってこう言う。「葉巻買わない?」と……。闇の葉巻売りである。

 彼らはどこにでもいる。コーヒー屋さんだったり、ホテルのボーイだったり、あとなぜか幼稚園の園長さんだったこともある。園長室に連れて行かれて、引き出しの中からシガーを取り出して売りつけるのだ。そう、シガーとはキューバが誇る数少ない贅沢品。一般庶民が外貨を稼ぐには、これほど都合のよいものはない。

 もともとシガーとは、キューバの先住民たちが吸っていた「コヒバ」をルーツに進化した、砂糖と並ぶこの国の特産品。現在はドミニカやメキシコなどでも生産されているが、テロワールというのだろうか、やはりキューバの風土で育ったそれは特別。原料であるタバコの生育に適した気候風土に加え、嗜好品に不可欠な「物語」があるのだ。そんなキューバシガーを目当てにこの国を旅する紳士たちは、昔から引きもきらない。

〝コイーバ〟や〝パルタガス〟といったブランドものが東京の半額くらいで買える、ハバナ屈指の高級シガーショップ「コンデ・デ・ビジャヌエバ」。「トルセドール(葉巻職人)」のレイナルド・ゴンザレス氏が巻いたハウスシガーにもファンが多い