「フランチャコルタ」をご存知だろうか? イタリア・ミラノの東、イゼオ湖の周辺に、1961年、突如として現れた高級スパークリングワインとその産地のことだ。このワインの発明から、伝統的なブドウ産地ながら貧しかった同地は(氷河が削った谷底のため土壌が痩せていて穀物生産に向かないのだ)世界トップクラスのワイン産地へと躍進したのだけど、これがなんとも変わった世界観を持ったワインだ、というのは以前、長々と語っている。
今回は、ある意味でその縮小版。フランチャコルタの生産者組合である「フランチャコルタ協会」の会長、シルヴァーノ・プレシャニーニさんのインタビューをお届けする。
激動の時代?
私が調べたところによると人類は紀元前から「今という時代は激動の時代である」とか「ありとあらゆるものが目まぐるしく変化している」とか言っていたそうだ。保守と革新がぶつかり合うのも伝統行事。そんな激動の時代である現代においてフランチャコルタは本当にフランチャコルタだなぁと、感心したのは10月も終盤のある日のことだった。
この日、東京・渋谷には日本でフランチャコルタを扱う輸入社、そしてフランチャコルタから来日した生産者たちが集い「フランチャコルタ・デー 2024」という、最新のフランチャコルタを存分に試せる業界向けイベントが開催されていた。
そして私はこの日、この会場の上階の部屋でフランチャコルタ協会の会長を6年間務め、今年で任期満了を迎えるシルヴァーノ・ブレシャニーニさんをインタビューできることになった。
シルヴァーノさんとは2022年にフランチャコルタを訪れた際、彼が副社長をつとめるワイナリー『バローネ・ピッツィーニ』で初めて出会い、以降、年に一回くらいは来日するので顔を見かけている、という間柄。ちゃんとお話を聞くのは2年ぶりだ。
フランチャコルタに私が訪れたのは7月の終わりごろだったのだけれど、2022年は降雨量が非常に少ない年だった。一方、2023年、2024年は雨の多い年だった、という。
「温暖化は単に暑いという話ではなく、雨が多いとか乾燥が激しいとか、天候に不安定さがあるのが問題です。とはいえ、これはフランチャコルタに限った話ではなくて世界中の産地で起きていることですから……」
ワインの造り手にとって天気の話というのは社交辞令なんてものではなくて、命運を左右するビッグイシューなのだけれど、シルヴァーノさんはあっさりしていた。
「自然環境の多様性を保つ、主には土を健全な状態に保つことが、不安定な状況への対応です」
とりわけ、シルヴァーノさんのワイナリー『バローネ・ピッツィーニ』はこの点でパイオニア的存在で、健全な土と共に人に甘やかされずに長い年月を生きたブドウ樹は土の奥深くまで根を下ろし、地表の過酷な環境に高い対応力を示していた。
が、今やフランチャコルタ全体で言っても有機栽培の普及率は約70%だそうだ。
「有機栽培、と区切った場合はそうですが、サステナブルという観点でみると90%以上です」
それは、もう何百年もそうやって農業をしてきたからそういうものなのか、あるいは温暖化の深刻化など、特定の事象への対応として、より意識的になったのか、あるいはフランチャコルタ協会として号令をかけるようなことがあったのか?
「有機栽培や多様性が言われたのはこの10~15年くらいの話ですよね。何か分かりやすいきっかけがあったか? と問われると、それはなかったとおもいます。誰だって、死んだ土で働きたくはない。そういうことに意識が向いたのが10~15年くらい前で、これはフランチャコルタに限った話ではなく、世界中でそうです」
こういう素っ気なさに出会うと、ああ、フランチャコルタだなぁと感じずにはいられない。というのも他の多くのワイン生産地の人の場合、こういう話題を差し向ければ、自分たちがいかに環境に対して頑張っているかを熱く語るのがイマドキなのだ。栽培面積も生産者数もシャンパーニュ比で約10分の1という小さな産地とはいえ、90%以上がサステナブルなんてスゴいじゃないか!
でも、フランチャコルタはそういうことを大げさに言わない。さらっとしている。私はフェラーリなんかにも、スゴい技術的達成なのに、妙にさらっとそれを表現するな、と感じることがこれまで何度かあったけれど、これがイタリアのラグジュアリーブランドのスタイルなのではないか? と訝しんでいる。
新規性は求めない
さて、今回はシルヴァーノさんの時間も限られているというので、先に行こう。フランチャコルタ協会の会長として、フランチャコルタはどんなワインと表現しますか?
「私の話でいえば、家族のワインなんでんすよね……」
と断ってから
「フランチャコルタは1967年にDOCとなり、1995年にはDOCGとなっています。これは、単にフランチャコルタで造られたスプマンテ(スパークリングワイン)です、という意味ではありません。使用するブドウ品種から収穫、醸造、熟成、すべてにフランチャコルタと名乗るための条件を規定したものです。いまフランチャコルタ協会には123のワイナリーが加盟していますが、そこには大手もいれば小規模な生産者もいます。ただ、フランチャコルタと名乗れている、ということは、フランチャコルタの基準を満たしているということ。高い水準にあるという品質の保証なのです」
新しいブドウ品種や製造方法を許容したり、エリアを拡大するつもりはありませんか?
「ないです。もちろん、今、フランチャコルタの規定内に収まらないワインにも、優れたものもあるでしょう。しかし、そうでないものもあるかもしれない。であれば、フランチャコルタは品質の保証であること、透明性とお客様の信頼を重視します。実際日本は、現在はスイスが1位になっていますが、それまでは世界1位、今でも2位の輸出先です。それは繊細な味覚をもつ日本のかたにフランチャコルタが信頼してもらっているからだと考えています」
それってフランチャコルタのすぐそばのミラノのファッションブランドでも同じことですよね? とシルヴァーノは付け加えた。
と、いうことで来年もプロモーション等は行い、日本市場でのプレゼンスを弱めるつもりはないというフランチャコルタだけれど、だからといって何らかのビッグニュースが用意されているのか? と言えばそんなことはないみたいだ。強いて言えば、ヴィンテージが変わった、といったところだろう。
それでも私は未練がましくインタビュー後、何か新しいものでもないかと試飲会場で色々なフランチャコルタを試したのだけれど、まぁ相変わらず素晴らしい。フランチャコルタを飲んでいると、世間の様々な右往左往が、なんだか遠いもののように感じられてくる。もちろん造り手それぞれに個性があり、違いはあるけれど、あの手この手でなんとかドラマチックにしてやろうみたいなあざとさは感じないし、なんらかの類型に寄せていこうという下心のようなものも感じない。フランチャコルタはフランチャコルタの道を往く。この清々しい誠実さが羨ましくおもえて、ああ、自分は疲れているのかな、と自問した。もうすぐ年末だ。ほっと一息つけるときには、難しいことを考えずに、フランチャコルタで乾杯する日があるといいな。