今日からスタートするRECOMMENDEDは、JBpress autographの編集陣がそれぞれの得意分野でお薦めを紹介するという、リレー形式の連載です。ウエア、時計、バッグ、カメラなどなど、多岐にわたって、ホントにいいと思えるものを新旧問わず紹介していく予定ですので、ご期待ください

若々しい感性のデザインは、オンオフを問わずデイリーウォッチとして愉しめそうである

腕時計の名作中の名作

 第1回目は腕時計。パテック フィリップの「カラトラバ」である。腕時計の名作中の名作なので、ここで紹介しなくても知っている、と言われるかもしれないが、あえて紹介したい。

 それは、突然飛び込んできた朗報だった。今年は折からのコロナ渦によって時計の新作発表の場が奪われ、各ブランドはどのような発表をするのだろうか? と、編集者やジャーナリストの間でもさまざまな意見が飛び交っていた。そのなかで、パテック フィリップは今年、新作を発表しないのではないか、ということも真しやかに話されていた。

 そんななか、6月に入ってパテック フィリップから新作が発表されるとの報があった。そして、ウエブサイトにアップされた新作が「カラトラバ 6007A」だったのである。

 まず印象的だったのが、ブルーグレーのダイヤル。中央にはカーボン風市松模様のテクスチュア、その周りには三角マーカーのついたシュマン・ド・フェール(レール)型のアワーサークルなど、時、分、秒針と3時位置の日付表示だけというシンプルな構成のなかに、グラフィカルな要素が多分に盛り込まれている。

 また、針とインデックスに蓄光塗料を使用しているのも珍しいし、ストラップもテキスタイル調に仕上げたカーフスキンを使用している。

 そして、何よりも驚いたのが「カラトラバ」では、めったなことでは現れない“ステンレススティール製”のケースだったことだ。「カラトラバ」においては、過去にないわけではないが、ゴールドケースが基本。多くのオーナーが所有されているモデルは、ほぼ間違いなく18金のゴールドケースである。

薄く、流れるようなフォルムが魅力のステンレススティール製ケース。美しく、とてもエレガントだ

 しかも、現社屋の敷地に新設された工場を記念してのもので、1000本限定という稀少性も加わっている。まさに愛好家垂涎の1本。数年後にはオークション市場を賑わすことになるだろう。

 

限定記念モデルを製作する伝統

 パテック フィリップでは、その歴史における重要な出来事があると、限定の記念モデルを製作することが伝統になっている。1997年にスイス、ジュネーブのプラン・レ・ワットに新しく本社工房を建設した際も、「パゴダ5500」「ミニットリピーター 5029」という2つのモデルをローンチしている。

 今回は、そのプラン・レ・ワット本社工房の拡張工事が完了したことによるものである。これによって、パテック フィリップはジュネーブにおける事業活動をすべてひとつ屋根の下に統合し、生産の効率化を計るのだという。

拡張したジュネーブ郊外、プラン・レ・ワットの新工場。地上6F、地下4Fの10フロアからなるモダンな建築物である

 ただ、パテック フィリップがひと味違うのは、生産の効率化=生産量の増加ではない、ということだ。生産量については、すでに「パテック フィリップ・シール」という極めて厳格な品質基準があるため、自然な形で制限されている。

 では、何を向上させるのか? パテック フィリップの現行コレクションは、コンプリケーションウォッチが全モデルのほぼ半数を占めている。これら複雑なメカニズムを持つモデルへの需要が高まっているのだ。それは、時計1個あたりの平均部品数が増加していることを示している。

 それらの対応にするため、そして、自社製の豊富なキャリバーを完璧に製造するためにも、それ相応のスペースを必要としたのである。さらに、研究開発部門、稀少なハンドクラフト部門、そして、スタッフが研修を行なうトレーニングルームなども統合されるなど、ソフトの充実も見越した拡張となっている。

 しかし、このコロナ渦の真っ只中である。5年の歳月をかけたとはいえ、発表を延期させるという手もあっただろう。それでも、あえて発表し、パテック フィリップはこんな状況下でも前進している姿を見せてくれたのだ。

 歴史を刻んできた名門と呼ばれるブランドには、共通点がある。いずれも革新的である、ということだ。歴史を継承し、積み上げてきた技術や経験をもとに、常に新たなるものに挑戦し続けているからこそ、名門と呼ばれるようになる。立ち止まっていては歴史の針は進まない。それを改めて実感させてくれた発表だった。

 新作「カラトラバ 6007A」は、ステンレススティール製という稀少性、実用性だけでなく、デザイン的にも「カラトラバ」はかくあるべし、という固定観念を覆すようなインフォーマルなものに仕上がっている。これは、次世代の腕時計を模索する名門の、ひとつの解答なのかもしれない。