写真・文=沼田隆一

エンパイアステートビルから独立記念日当日にサプライズで打ち上げられた花火。密を防ぐため予告はされず記念日までの6日間、市内の何か所かで打ち上げられた。市民のために花火は必ず実施する、という市長の決断があった

 新型コロナウィルス感染拡大による自宅待機が終わったとたん、”Black Lives Matter" (『黒人の命は大切』以下、BLM)運動が始まった。これに関する抗議デモ自体は鎮静化し始めているが、この人種差別問題は、今まで何度か繰り返されてきたような一過性のものではなく、1960年代に黒人の基本的人権を求めた”公民権運動”の現代版といっても過言ではないだろう。

 ニューヨークから2時間弱車を南に走らせるとフィラデルフィアに着く。映画『ロッキー』でご記憶の方も多いと思うが歴史的に有名な場所である。ここにはアメリが独立宣言を行った建物があり、建国の父と言われる一人である、ベンジャミン・フランクリンの名が付いた場所がいくつもある。彼は政治家であると同時に物理学者・気象学者でもあった。(ちなみに100ドル札は彼の肖像画)

 その彼が残した言葉に──

”Justice will not be served until those who are unaffected are as outraged as those who are.”

正義は、直接に関係のない人々までもが憤慨するまで果たされることはない。

偶然に出くわした花火にひと時の和みを楽しむ市民たち。普段なら何万人もの観客が集まる花火大会であったが、今年は喧騒のないつかの間の平和をかみしめるようであった

 私は今回のBLM運動は、まさしく上掲の言葉を具現したもののような気がする。今までの人種差別に対する運動と大きく違っているのは、黒人以外の人が多く参加して大きな潮流をつくったことである。またSNSなどを通じて以前とは違い、この運動が世界中に瞬時に広がったことも見逃せない。

 1619年、バージニア植民地にアフリカからの奴隷船が到着してから約400年。その間に奴隷制度廃止や公民権法制定などが行われたが、未だにこの問題は解決されていない。

 

今だからこそ正のエネルギー

 さらに、BLM運動に連動した警察改革運動の副作用とでもいうべきものとして、銃器による殺人犯罪の件数の増加などの問題も噴出している。同時に新型コロナウィルスが政治の道具となり、かなりの州で拙速な制限緩和策が実施された。マスクを強制することは個人の自由をはく奪するという意見の人たちも多く、7月末現在、全米31州で新型コロナウィルスの感染者・死者は急増している。幸いニューヨークは、州知事や市長の強いリーダーシップのもとに当初は感染のエピセンターとまで言われたが、今や感染者や重傷者の数、死者の数は低レベルで抑え込まれて自宅待機は終わり、新しい日常を模索し始めている。

 五番街のトランプタワー前の車道にはBLMのMural Artがペイントされ、黒人差別だけでなく社会に存在する様々な差別や問題にも向き合い始めた。もちろん失業者対策や新型コロナ対策と、経済復興のバランスを取っていくという様々な問題の克服もなされなければならないが、この街の住人として強靭なニューヨーカーの正のエネルギーを確実に心で感じている。

BLMのスローガンが五番街のトランプタワー前の車道に市長の許可で書かれたが、それに反対する何人もがペンキを投げつけた。これもまたニューヨークを表している

 アメリカ全体を見ても、なかなか腰の重い大企業もこのうねりを感じ、コカ・コーラ社はいち早くタイムズスクエアの広告を真っ黒にすることでBLM支持を表明し、ほかの多くの企業も同じ行動に出た。またIT企業は今までなかなか従業員の人種の多様化が進んでいなかったが、これをきっかけに、それを是正する方針を表明した。NFLの伝統あるチームの一つであるRED SKINSも、アメリカ先住民差別の象徴とも考えられるチーム名を変更することを人々の声に押されて決定した。

 

人類に課せられた使命

 さて、日本は緊急事態宣言をやめたとたん、日本独特の「夜の街」での感染が広がり、若年層以外にも感染者が増えていると聞く。奇妙な和製英語の「Go Toトラベル」というキャンペーンを国全体で始めて(東京発着は除外のようであるが)、大都市を中心に感染の再拡大が連日報道されている。当たり前だが、新型コロナウィルスは今でも存在しているのである。

 なんだかこんなことばかりを耳にしていると、かつて一世を風靡したクレージーキャッツの「はい、それま~でぇよ」というフレーズが脳裏をかすめるが、人類はそれほど弱い生き物ではないと思う。人類は今までも様々なものと闘って生き抜いてきた逞しい種なのである。記憶するだけでも14世紀の黒死病と言われたペスト、そのあとのスペイン風邪、天然痘、コレラなどなど様々な病気と闘い生き残った。いくつもの大きな戦争も経験し、さまざまな挑戦に立ち向かいそのつど英知を結集して闘い、技術を進歩させ、数えきれない多くの問題を克服して今に至っている。

オランダ・アムステルダムのようにはまだ行かないが、市長の即断でニューヨーク市内のバイシクルレーンは伸び続けている

ニューヨーカーはリジリエント

 近年でもニューヨークは、9.11やハリケーン・サンディーなど様々な試練を克服してきた。ニューヨーカーは強靭である。市当局も、そして市民も前向きにいろんな試みを始めている。密を避けるため自転車で移動をする人が増えると、すぐさま、市当局はバイシクルレーンを増やし始めている。また、子どもの遊び場を確保するため、市長の即決で道路を閉鎖するところが多くなった。市内ではいまだに感染拡大防止のため店内での飲食は認めていないが、風通しのいい屋外での飲食を認め、そのための特例として市は車道の一部や歩道に臨時のテラス席を架設することを許可した。近郊の農家は、レストランからの需要が落ち込むとその余剰生産物を、間髪入れずに失業者やホームレス、低所得者のためのフリーフードに提供するシステムを構築。よって街のファーマーズマーケットは、ニューヨーク近郊の農家を応援する市民でにぎわっている。

密を避けるため歩道や車道にはみ出して仮設のテラス席を市が認め、ようやくレストランの食事をデリバリーやテイクアウトでなく食べられるようになった。店の前で人がたむろするような種類の販売は禁止で、違反したレストランは酒類販売免許をはく奪される
市内にいくつもあるファーマーズマーケットには、近在の農産物が集まり多くの市民は利用することで農業従事者を応援している

将来を見据えて

 COVID19のワクチン開発も、今や人類の英知をかけ今までにないスピードで行われており、この過程で出てくる多くの新しい技術や手法などは、今後大いにいろんな分野で役に立つことであろう。自粛期間中、リモート・ワークを余儀なくされた状況はこれからの組織での働き方に新しい秩序を生み出すであろうし、それに伴う技術革新もさらに進むであろう。SDGsの分野においても、イギリスのディマジオ社(ギネスやスミルノフなどのブランドも傘下に持つ)は2021年からスコッチウィスキー、ジョニーウォーカーの紙ボトルを発売すると発表した。

 人は目に見えない外敵と戦うとき謙虚になり団結しやすいのかもしれない。もちろんその反面、マスヒステリアのエネルギーを利用してこのような事態の中で国益優先、領土拡大などナショナリズムが台頭する可能性も十分にある。しかし人類の歴史が語っているように、どんな時でも人々は正に向かって歩き続けている。そのためにも人々は間違っていると思うものには憤り、声を上げ、この機会だからこそ長年無意識に対処することを避けてきたものの考え方や、習慣を自浄することを我々一人一人が声に出し行動を起こすことが将来に残す遺産となると思う。

 ”Momentum"という言葉がある。「勢い」とか「弾み」とかに訳されるが、今こそ我々は経験していることを弾みとして、さらに進化した世界を創造する千載一遇のチャンスを与えられているのかもしれない。