文=竹原あき子

Twitter Hyundai Worldwideより

 コロナウイルスとの戦いが続くなかヨーロッパ諸国は、いっせいに市民に「Social Distancing」教育をはじめた。ウイルス感染を防ぐために、「互いに一定の距離を保ちましょう」、ということだ。直訳すれば「社会的距離」になる。

 目新しい表現だったから、なぜこの言葉を選んだかを調べてみた。最初は、身体的な距離「physical distancing」を○○メートル保とう、という具体的で分かりやすい表現を使うつもりだったようだ。だがsocialに変えたのは、「人間とは個人個人が生物として離れていても、互いに助け合う関係で繋がっていること、を表現したほうが良い」、と判断したからだった。例えば、社会保険をsocial securityと表現し、相互扶助をsocialで示しているのと同じように。

 この距離は自分のためだけではない、他人のためでもあり、互いの安全を確認するという意味を含んだ表現だ。残念ながら日本の「3密」は、そんな思考に欠けている。

 

ロゴで社会的距離と連帯を表現

 2020年3月、アウディとフォルクスワーゲンは「Social Distancing」の思想を、ロゴを使って映像で巧みに表現した。

 アウディは、ロゴの4つの輪が少しずつ離れて停止し、しばらくしてまた戻るアニメーション映像で、「社会的距離を保とう、でも、一緒に居よう」(Keep distance, stay together)を表現した。

Facebook  Audi-#AudiTogetherより

 フォルクスワーゲンは「フォルクスワーゲンは、いくつもの危機に立ち向かってきた。互いに緊密に力を合わせながら。私たちは、同僚であり、友人であり、1つの家族だ。私たちは今、また新たな危機に直面している。私たちフォルクスワーゲンはこの危機を克服するために距離を保たなければならない」という文章のメッセージが続いた後に、ロゴマークのVが少しずつ上にあがってWから離れてV Wとの間を空け、最後に「Thanks for keeping your social distance!」(距離を置いてくださってありがとう)という文字のメッセージで締めくくる。

YouTube  We are Volkswagen-Thanks for keeping your social distanceより

 自動車産業の自社広告とはいえ、この危機に積極的に立ち向かおうと呼びかけるメーカーとしての態度表明だ。いま世界は何に立ち向かっているかを、誰もが知っているなじみのロゴで視覚的に解説する、という知的な取り組みだ。

 ロゴでソーシャルディスタンシングや連帯を表現する動きは他の企業にも広がり、メルセデスベンツはスリーポインテッドスターが小さくなって周りのリングから離れたロゴマークとともに、THANKS FOR KEEPING DISTANCEという文字を添えてソーシャルディスタンスへの協力に感謝を表明し、ブラジルのマクドナルドは、ロゴマークのゴールデンアーチを二つに分解して見せた。

 

 韓国の自動車メーカー、ヒュンダイは、「私たちのロゴは、2人の人が握手している様子を表現したものだということを、ご存知でしたか? 私たちは、みんなの安全のためにソーシャルディスタンシングは重要であることを踏まえ、ロゴマークを再考してみました」というメッセージとともに、握手ではなく、肘タッチをしているロゴを発表した。

 

 

パリでは自転車専用レーンの整備が加速

 ヨーロッパの都市の公共建造物や商店などで人が集まれば、行列に導き、人間は1メートル間隔で並ぼうという「Social Distancing」の具体化のために、床や路面にマークを置く。だがそれだけではない。ロンドンは歩道を広げて社会的距離を広くとった。

 Camden High Streetはその一つだが、すれ違う相手との距離を確保するのと同時に、自転車や歩行での出勤が増えるだろうと予測しての措置だ。ということは、これをきっかけにして、地下鉄やバスでの出勤地獄を緩和する、との戦略でもある。

 とはいえ、今はまだとりあえずプラスチックの冊を車道に置く、といった仮の工事でしかない。ロンドンの歩道の多くは幅2メートルくらいしかないから、互いに2メートル離れて歩くことなどできない。歩道にはゴミ箱もあれば、街路樹も街灯もあるから、問題は複雑だ。だが、ウイルス感染予防は長期対策になるにちがいない。だから仮でもいいから、歩道の幅で「Social Distancing」を確保する。

 パリも同じ姿勢だ。とはいえ、大気汚染に悩んだパリ市は、車を減らそうと数年前から車道の一部を自転車専用レーンに改修しはじめていた。突然のコロナウイルス感染は、これまでの政策を加速し、『自転車が私の社会的距離』というキャンペーンが始まり、自分と他人との「Social Distancing」通勤でこの危機を乗り越えようとしている。全長650キロメートルの自転車専用レーンは、一部は囲いを置くだけの仮の専用レーンだが、5月11日の外出禁止令一部解除の日から「コロナ•サイクルウェイ」という、とんでもないあだ名がついた。

 

都市によって異なる距離

 コロナウィルス感染拡大の報道がはじまり、外出禁止令が出る前から、「Social Distancing」は問題になっていた。まず、店にやってくる客に間隔を空けてもらうために地面に印を付けたのは、パン屋だった。すぐさまスーパーマーケット、コンビニ、薬局、郵便局、が続々と地面や床面に立ち位置の印を付け、外出禁止令が5月11まで延長された頃から、タクシーの中のほか、地下鉄などの通勤の道筋にもそれまでを上回る様々な装置と立ち位置マークが並び始めた。たとえ外出禁止令が解けても、感染予防のルールは守っていただきます、これから先は長いよ、と思わせるのに充分な分量だ。

パリ市内の薬局の床に記されたソーシャルディスタンシングを示す足型。日本のスーパーなどでもお馴染みになった光景だ

 面白いことにこの「Social Distancing」の距離はヨーロッパの国、あるいは都市ごとに異なる。ドイツのベルリンでは1.5メートル。ミラノとロンドンは2メートル。フランスは1メートル。ベルリンの距離は、軽く会釈するには目の前1.5メートル先を目指して、という日本式の礼儀の間隔とほぼ同じだ。体をふれあって挨拶をするヨーロッパの習慣からすれば、初めて体験する距離にちがいない。だからこそ、必死でマークを貼り付けなければならない。しかし、体が覚えるまでにしばらく時間がかかるだろう。

 フランス大統領は、国民にむけて「ヨーロッパ全体が連帯して健康を守る政策をとらなければならない。それには充分な量のマスクを備蓄し、なお共同してできる検査、そして一緒に伝染予防のプランを打ち立てよう。健康なヨーロッパには、こんな目標はこれまでなかった。これこそヨーロッパの最優先課題であるべきだ」と宣言した。

 コロナウイルスは死者の多さで世界を恐怖に陥れ、フランス人の53%は経済より健康を選び、経済活動禁止と外出禁止という国家の命令に従順にしたがった。だがこの政策と民意(デモクラシー)とのあやうい駆け引きを、警戒しはじめてもいる。