文・写真=櫻井卓

目指すは1600km先の国境の国立公園

「パスポートを見せて」

 腰にでっかい銃をぶら下げた警察官に止められた。テキサス州のメキシコ国境の町、エルパソ付近の検問所でのことだ。後部座席にはアウトドアギアが散乱しているし、なんだったら川で洗濯したパンツが干されていたりする。もはや車内は越境者のそれでしかない……。

 2018年の年の瀬、僕はそんな場所に居た。なんでか?

 その頃、ニュースでは連日のように大きな顔の大統領が、メキシコとの国境に壁を作ると息巻いていた。そう、僕は国境が見たくなったのだ。目的地はアメリカ、メキシコの国境、リオグランデ川が流れるビッグベンド国立公園。ひそかに秘密兵器も忍ばせての渡航だった。

 アメリカには、ハイウェイ上にときたま検問所が設けられているのは知っていたけど、アジア人の見本のような顔をした僕は、いつも顔パス。しかしこのタイミングでは、クルマを端に寄せさせられ、念入りにチェックされた。

 今回のルートは、LAから入ってひたすら東へ。途中の街に立ち寄りながらゆっくりとテキサスのビッグベンド国立公園を目指す。片道1600kmのロードトリップだ。ジョシュアツリー国立公園をかすめて、まずはサルベーション・マウンテンを目指す。ここは、レオナード・ナイトという人物が1人で作り上げた砂漠アート。そこら辺のものを材料にして、サイケデリックな丘を作り上げているのだ。

サルベーション・マウンテン。LAからはクルマで約3時間の道のり

 そこからは、真っ白な砂漠のホワイトサンズ国定公園を冷やかして、エルパソへ向かう。このエルパソという街は、橋でメキシコと繋がっていて、陸路でアメリカ〜メキシコ間を行き来できる珍しい街。ハイウェイの南側には、色とりどりのメキシコの町並みも見える。そこからちょっと行ったところで、例の検問に引っ掛かったのだ。別にヤバイものを運んでいるワケでもないし、なんら違法行為もしてないのだから堂々としていれば良いのだけれど、間近で銃という存在を見せつけられると、少々狼狽してしまうものらしい。

 ちなみにテキサスでは許可さえとれば、銃の所持が認められているし、モロに軍仕様の自動小銃だって買える。

ホワイトサンズの白さの秘密は、アラバスター(雪花石膏)という成分による。光と影のコントラストが楽しい

アメリカとメキシコの国境に浮かぶ

 検問を拙い英語でなんとかクリアした後は、再び東へ。マーファへと向かう。ミニマリストのアーティスト、ドナルド・ジャッドが愛した地であり、多くのアートが町中にある。その途中に砂漠に忽然と現れるのが、プラダ・マーファ。これもインスタレーション・アートで、かなり“映える”場所なので、この日も三脚を立てて記念写真を撮る人で溢れていた。

プラダ・マーファは実際に営業しているわけじゃなくて、アート作品
アルパインという街からクルマで30分。だだっ広い荒野にポツンと佇む小屋がこの日の宿

 旅をすること4日。ようやく目的地であるビッグベンド国立公園に到着。すぐさま国境を流れるリオグランデ川を目指す。ここに来た理由は砂漠でのハイキングと、そして川下りだ。川に着くと、このために用意していた秘密兵器、パックラフトを膨らませる。パックラフトとは、空気で膨らませるボートで、軽量かつコンパクトに収納できるのでバックパックに詰めて持ち運ぶこともできる。

ビッグベンド国立公園は、アメリカでもっとも“人気のない”国立公園。その理由はアクセスの悪さで、景色的にはかなりのもの
パックラフトでリオグランデ川へ。流れは緩くて泳いでも楽勝で渡られそう

 リオグランデ川にプカプカ浮かぶ。右岸はメキシコで、左岸はアメリカ。文字通り国境の真上にいるんだけど、そこにあるのは茶色く濁った水面だけだ。その頭上を1羽のカラスが、退屈そうに一声鳴きながら横切っていった。

アメリカ南部を旅すると、こういうアメリカ愛に溢れたものを目にすることが多い