文=渡辺 慎太郎

124シリーズはセダン/ワゴン/クーペ、そしてコンバーチブルの4種類。エンジンもシャシーもボディも、当時は“過剰品質”と言われるくらいしっかり作られていた。約30年経ったいまでも普通に使えることからも、それは実証できるだろう

よく聞かれるもうひとつの質問

 前回、よく聞かれる質問に「最近乗った中でよかったクルマは何ですか?」を挙げましたが、実はこれと同じくらいよく聞かれる質問がもうひとつあります。

「いま何に乗ってるんですか?」

 この質問からは「自動車に明るいは人はいったいどんなクルマ選びをしているの??」という皆さんのほとばしる好奇心をひしひしと感じます。著名な小説家が普段はどんな小説を読んでいるのか気になる心境にちょっと似ているのかもしれません。

 自分には、この質問が苦手でしょうがなかった時期がありました。なんともマズイことに、自分名義のクルマを持っていなかったからです。編集長をやっていた前職の自動車雑誌では“長期テスト”という企画があって、編集部で購入したクルマを日常のアシにして、使い勝手や燃費や不具合などをリポートしていました。

 長期テストを担当すると、毎日の通勤はもちろんどこへ行くにもそのクルマを使うわけで、我が愛車に乗る時間が自動的にほとんどなくなります。動かしてもらえないクルマほど可愛そうなものはないと自分なんかは思ってしまうので、早々に愛車は手放してしまいました。

 そこであの質問です。当初は「いまは長期テスト車だけです。自分でクルマは持っていません」と正直に答えていたし、そう答えることに何らためらいもありませんでした。ところが、これを聞いた方々の反応が総じてよろしくない。まるでこの世の終わりかのような絶望的表情をされるのです。「いま何に乗ってるんですか?」と口にされるとき、みなさんは同様に嬉々としていて、こちらがこれから発する言葉を聞き逃すまいと、まさにかぶりつくように今や遅しと聞き耳を立ててくださるわけです。

 

持ってませんは想定外の答え

で、「持ってません」は完全に彼らの想定外の答えだったらしく、たいていは事態を正確に整理するためか、ちょっとした空白の間が生じ、こちらが「いやほら乗る時間がほとんどないもんであはは」と慌てて取り繕ったところで、焼け石に水というか、まるで焼け石の隣の石に水をかけているように、彼らの失望感を癒やすことは出来なかったのです。自動車雑誌の編集長がクルマを持っていないとは、自動車雑誌の編集長が実はクルマの免許を持っていなかったのと同じくらいの衝撃だったのでしょう、多分。

フリーランスの自動車ジャーナリストになり、実際問題としてクルマはどうしても必要なので、久しぶりに購入したのが1992年型のメルセデス・ベンツ300CE-24というモデルです。だからいまではあの質問にも正々堂々と答えられるようになりましたが、今度は「どうしてそれにしたのですか?」と新しい質問が追加されるようになりました。

セダンを単純に2ドア化したわけではなく、わざわざホイールベースを短くしてスポーティな操縦性にするなど、クーペとしてあらためて設計/開発されている。

 そういうときには「イチニーヨンはメルセデスの中でも名車と言われる1台で、特にこのニジュウヨンはDOHCの24バルブエンジンと5速ATの組み合わせなんですよ」と、なんとなくそれなりの返事をしています。“イチニーヨン”とはこの当時のメルセデスのEクラスのコードネームで、クルマ好事家の間ではよくこう呼ばれています。ノーマルの124はモデル中期までSOHCの12バルブ+4速ATが主で、24バルブ+5速ATは珍しかったのですが、最終型ではすべて24バルブとなり、“ニジュウヨン”は車名から外れています。

 でもこのクルマを買った本当の理由は、実は他のところにありました。そもそも、このクルマありきで探していたわけではありません。クルマ購入の条件として決めていたのは、乗り出し価格が200万円以外、セダンかクーペボディ、全幅は1800mm以下、長距離移動で疲れない、この4つでした。

 

ライフスタイルに合わせて

 ご存じのようにフリーランス稼業は収入が安定しないので、クルマにたいそうな金額を突っ込む勇気はありません。SUVやワゴンやスポーツカーは自分のライフスタイルに合わないので、消去法でセダンかクーペに。都内を中心に活動しているので、取り回しのよさを考えると1800mm以上はキツイ。そして職業柄、日に数百km走ることが多いため、なるべく身体に負担のかからないクルマがいいなと思ったわけです。

 いつも頼りになる知り合いの中古車屋に、「この条件に見合う個体が入荷したら教えて」と頼んでおいたら、翌週にさっそく連絡が来ました。用意されていたのはメルセデス・ベンツ190E。4つの条件をすべて満たしていて、試乗をさせてもらったら程度も良好。「これにするか」と心に決めて彼のガレージに戻ったら、奥の方にポツンと置かれていたのがいまの愛車でした。聞けばちょうど入荷したばかりで、整備にちょっと時間がかかると。でも190Eと比べると300CE-24はいわゆる“レア度”が高く、「こっちのほうが買った理由をそれっぽく説明しやすいな」と思い、「やっぱりこっちにします」と即決したのでした。

インテリアは見栄えや演出などほとんどなく、機能性が最優先されている。スイッチ類の使い勝手やメーター類の視認性にも極めて優れている。

 結果的には小さな見栄を張った選択となったわけですが、いまではそんなこともすっかり忘れて、とても気に入って乗っています。端正で上品なスタイリングは新車から20年以上が経ってもまったく色褪せていないし、ゆったりとした乗り心地や正確なハンドリング、そして盤石な直進安定性など、性能面での不満はまったくありません。大人4人がきちんと座れるし、巨大なトランクもあって、機能性も申し分なし。

 購入してから3年目に入ったところですが、これまでに故障が2回、飛び石によるガラスの破損とタイヤのバーストが1回ずつありました。部品やタイヤの交換費用は約30万円。30年選手でこれくらいのトラブルと修理代なら御の字でしょう。このクルマとの蜜月の日をもうしばらく続けるつもりです。