隣り合った人と会話が弾んだり、また知らない店を教えてもらったり。そんな地元の人が通う京都のお店をグルメライターの岡本ジュンさんが紹介する新連載「普段着の京都」。超有名店もいいけれど、普段使いの店で京都の食文化の真髄に触れてみてはいかがだろう。

取材・文=岡本ジュン 撮影=村川荘兵衛

居酒屋以上、割烹未満のほどのよさ

 京都に行くとできるだけ普段使いの店を探すようにしている。その理由は、超有名店はもちろん極上の美味しさだが、普段使いの店もかなり美味しいからだ。京都の食文化は興味深く、すべてが新鮮に映るから不思議だ。普段着の京都はいつも楽しく、親しみやすく、そして懐に優しいのである。

 以前、京都の友達が連れて行ってくれたのがガード下にある居酒屋だった。その店はカウンターだけの小さな空間で、笑い声に満ちていた。

 目の前には大鉢に入ったフォトジェニックなおばんざいがずらり、カウンターから次々と差し出される美味しそうな料理とうずまくごちそうの匂いが食欲の鐘を鳴らし続けた。あまりに圧倒されて、何をどう食べたかの記憶はあいまいだが、そこで味わった満ち足りた高揚感は長く心に残っていた。

短いアーケードの中に飲食店が連なる昭和の空気満載のガード下

 京都駅から電車でおおよそ15分、近鉄京都線の桃山御陵前駅の改札を出ると、目の前にガード下の細い通路がパカッと口を開けている。そのアーケードにある一軒が『酒房わかば』だ。

 創業は昭和39年、この場所に一番のりだったというから、ぬしと呼べる有名店である。会社帰りや近場に暮らす人に交じって、うわさを聞きつけて市内からやってくる食いしん坊も少なくない。

 若いお客さんが結婚し、家族と来るようになって、やがて子供が社会人になって、「この店でお酒を飲んでみたくて」と、同僚を連れてやって来るという。まるで至福の無限ループのようではないか。

 50年以上も通うというつわものは、人生の何分の1かは確実にここの椅子の上で過ごしている(笑)。そんな人々にとっては名店を通り越して、もはや“故郷”のような場所なのかもしれない。