文=勝尾岳彦

賀風デザインがプロデュースしている木製乗り物、木馬の子

木製乗り物にデザイナー人生最後の夢を注ぐ

 埼玉県奥秩父の山中に、廃校になった小学校の校舎を利用した、小さな木工工房がある。日本と中国で工業デザインサービスを展開している、賀風デザイン代表の古賀治風氏は、埼玉市内の自宅から定期的にここに足を運ぶ。

埼玉県秩父の山奥の廃校になった小学校の校舎を木馬の子の工房として使っている

 古賀氏はトヨタ自動車と本田技研工業でカーデザイナーとして活躍した後、独立。自身のデザイン事務所、賀風デザインを立ち上げて、長年工業デザインの各種サービスを提供してきた。手がける仕事は医療系の測定機器など、あまり一般の目に触れないものが多いが、私たちの身近に目に触れる例としては、公共空間のトイレなどに設置してある、ベビーチェアなどが挙げられる。

 古賀氏は早い時期に中国市場の可能性に目をつけ、いち早く上海に事務所を構え、中国企業に向けて工業デザインのサービスを提供し、いまだにその事務所を維持している。

 世界のものづくりの新しい中心として脚光を浴びた中国に、一時は欧米の名だたる著名工業デザイン事務所も大挙進出し、中国企業相手に事業を展開していた。だが、今そのほとんどが中国国内の事務所をたたんでいる。中国特有の商習慣などに苦労し、思ったほどの成績が残せなかったところに、リーマンショックが追い打ちをかけた。

 賀風デザインも例外ではなく、「一時は上海の事務所をたたむことも考えた」と古賀氏は振り返る。だが、中国という大市場に足場を築くという夢を諦めきれなかった古賀氏はなんとか踏みとどまり、賀風デザインのおかげで大きく成長した中国企業クライアントも複数できて、現在は中国人デザイナー・スタッフ4人、日本人シニアデザイナー1人の合計5人の体制で上海の事務所を回している。

 中国でのデザインビジネスという夢の次に、古賀氏がデザイナー人生最後の夢として取り組んでいるのが、木製乗り物を工業デザインの手法で生産し、販売することだ。もともと木工を趣味としていた古賀氏が発案したのが、工芸の手仕事の温かさを残しながら、高い品質と生産性向上を実現する「インダストリアルクラフト」という考え方。これを形にしたのが、「木馬の子」というブランドで展開する、幼児向けの木製乗り物だ。

木馬の子にはM1からM6までのバリエーションがあり、基幹部品は共用化することで品質のバラツキを抑え、製作の容易さを向上させている。写真左上からM1、M2、M3、M4、M5、M6。M5とM6は連結して遊ぶこともできる

手作りの木製乗り物に工業デザインの考え方を導入

 手仕事で仕上げる工芸品にはどうしても品質のばらつきが出る。子供が実際に乗って遊ぶ玩具だから、安全性を第一に考えなければならない。これらの問題を解決するために工業デザインの考え方を導入し、共用できる部品はなるべく共通化して品質を担保し、バリエーション展開を可能にする方法を採っている。こうして、木馬の子シリーズには、M1からM6までのバリエーションをそろえた。

 最も神経を使い、苦労したのが乗り物の前輪を支えるフロントフォーク部分と本体を結合するジョイントだ。全体のデザインの統一性を保つために最初は木製ジョイントを前提に設計したが、全部木で作ると十分な強度が保てない。そこで内部に金属部品を用いながら表面は木材で覆う設計に変更した。また、このジョイント部分は回転するため、2歳程度の幼児の小さな指が挟まれないようにすき間ができるだけ小さくなるように設計した。

 車輪も意を注いだ部分だ。スムーズな回転と耐久性を実現するためにボールベアリングを組み込み、安全性を担保するためシリコンを用いてオリジナルの車輪を作った。車輪の部分も幼児が指を挟みにくいようにすき間を小さくしている。

 数値制御工作機械などの設備がなくても、誰でも容易になるべく精度の高い部品が製作できるように、治具も自作した。これらすべての工夫には、長年工業デザインの現場で培って来た経験と知見が生かされている。

木馬の子の製作工場。高価な数値制御工作機械などを導入しなくても、誰でも作れるように、治具なども開発した

海外展開を模索

 数年前にはニューズウィーク日本版に約1年間広告を掲載し、テストマーケティングを行った。色々なメディアからも取材を受け、いずれも好意的に受け止められた。価格は5万5000円から8万円と子供のおもちゃとしては高価だが、大手百貨店のバイヤーからは、外商で対応する上顧客向けにとても有望だとの太鼓判をもらった。

 だが、当初生産を担う予定だった社会福祉法人の理事長交代により、埼玉県内の福祉工場に生産を委託できなくなって安定供給に問題が生じたほか、玩具の安全基準を満たし、STマークを取得するのに時間がかかりまだ本格的な販売には至っていない。

 古賀氏は今、木馬の子を海外で生産し、直接海外の富裕層に向けて販売を行う構想を練っている。木工芸の伝統と職人がいて、生産を担ってもらうことにより、地域に安定した仕事をもたらすことができ、双方が利益を分け合えるような場所を探しているところだ。