川端康成の小説の世界は、「魔界」と表現されます。ノーベル文学賞受賞によって、川端はさらに深く魔界に入っていきました。ではその「魔界」はどこから生まれたのでしょう。そして川端は、果たして稀代の文豪なのか、それともいやらしい変なおじさんなのか? 川端の謎を読み解きます。

文=山口 謠司 取材協力=春燈社(小西眞由美) 

1968年、ノーベル賞授賞式の川端康成 写真=ZUMA Press/アフロ

黒牡丹
父 テリア
母 狆(ちん)
生地 赤坂青山南町五ノ十五渡辺雪子方
誕生 昭和三年十月二十六日

「黒牡丹?――白犬の名がどうして黒牡丹なんです。」

「耳ですわ。左の耳が黒い牡丹の花にお見えにならない?」

「どれ、拝見?」と、小犬の頭を掌で抱き上げると、小犬は彼の胸に攀(よ)じ登って、いきなり彼の脣(くちびる)をぺろぺろ舐(な)めた。

「こら。第一番に人の脣を覘(ねら)って来るとは、鋭い奴(やつ)だ。末恐ろしい不良少女だよ、お前は。」

「男ですわ」

「男でしたか。」と、彼は雪子のはにかんだ頰(ほほ)を見て、当然彼女の接吻(せっぷん)を思い出した。激しい接吻をする小犬が可愛(かわい)くなった。

川端康成『掌の小説』より『黒牡丹』の冒頭(新潮文庫)

 

「魔界」を行ったり来たりしている

 幼くして父、母、そして祖母を亡くした川端は、常に死というものを意識していました。『哀愁』(1949年刊)、自伝的小説『天授の子』(1950年刊)、20代から40年間書き続けた短編を収録した『掌の小説』(1971年刊)など、どれを読んでも最初の一行で、読者を異次元にスッと導きます。それは死を意識して生きてきた自分の世界観が強く、そこから人を魔界に引きずり込む力が生まれたのだと思います。また晩年は、とくに睡眠薬の中毒ということもあり、現実世界と異世界とを行き来していたのではないでしょうか。

 ノーベル賞受賞が大きな転機になった理由のひとつが、川端が自分のもっている異世界を行き来できる力に気づいてしまったことだと、私は思います。受賞によって日本の美を意識した川端は、ますます魔界がものすごく近い存在になってしまったのでしょう。川端は、半分生きて半分死んでいるような人なのかもしれません。

 ご存知の方も多いかもしれませんが、川端の小説には定稿がありません。行李の中に入れてあった昔の原稿を引っ張り出してきてはまた手を加える、ということを繰り返しているので、『雪国』なども何バージョンあるのかわからないくらいです。『川端康成全集』全35巻(新潮社)に収められている小説も、そこからさらに手を加えているといわれています。そうやって手を入れながら、何度も魔界を行ったり来たりしているのです。