文=渡辺慎太郎

アントワープの水素ステーションはタグボートなどの船も利用できる。クルマ以外の乗り物にも使える点が、EVの充電器よりも汎用性が高いことを示している

アントワープでのワークショップ

 BMWの燃料電池車に関するワークショップに参加するため、ベルギーのアントワープに行ってきました。アントワープは欧州でロッテルダムに次ぐ貨物の取扱量第2位を誇る港湾都市だそうです。BMWがなぜあえてこの地を選んだのか。それにはもちろん理由がありました。

 燃料電池車といえば、日本でもトヨタがMIRAIを販売してはいるものの、まだまだその認知度は低いと言わざるを得ません。燃料電池とは、専用のボンベに充填された水素と外気から取り入れた酸素が酸化還元反応を起こすことで電気を発生し、同時に水素(H)と酸素(O2)の副産物として水(H2O)を生み出します。

 燃料“電池”といっても厳密に言えばその中に電気をためているのではなく、“発電機”と表現したほうが実態には近いでしょう。燃料電池自体の歴史は古く、1932年にはすでに商業利用が開始されていました。その後も人口衛星や潜水艦などにも燃料電池は採用されています。

燃料電池車の仕組みの透視イラスト。フロントに燃料電池、センタートンネルと後席下に、T字の形にCFRP製の水素タンクを置く。リヤには駆動用バッテリーとモーターを配置。駆動用バッテリーは加速時など、燃料電池のサポートとして電力を供給する

 よく「燃料電池車ってどんな乗り味なの?」と聞かれることがあります。前述のように、燃料電池そのものは電気を精製するシステムのことであり、その電気を使ってモーターを回してクルマが動くわけなので、EVのバッテリーが燃料電池になっただけ。つまり乗り味は基本的にEVとまったく同じで、燃料電池車特有の動力性能や操縦性というものはありません。

“電気で走る”点においてはEVも燃料電池車も同じですが、両者には決定的な違いがあります。ご存知のように、EVにはかなりの充電時間を有するという問題があります。普通充電ならだいたいひと晩、10時間前後が必要だし、急速充電を使っても(ほとんどの充電器は使用時間が決まっているので)満タンにはなりません。しかし燃料電池車の場合、水素の充填時間はおおむね5分以内で、ガソリンや軽油の給油時間とほとんど変わらないのです。航続距離も約500kmが一般的なので、エンジン搭載車と同じように使うことが可能です。

なぜこれまで普及してこなかったのか

 前述のように燃料電池は歴史が古く、充填時間も短くて使い勝手がいいにもかかわらず、どうしてこれまで自動車の世界では広く普及してこなかったのか。最大の問題はやはりインフラ整備です。2021年末時点で全世界の公衆水素ステーションの数は約800箇所。でも実は、そのうちの約170箇所は日本にあって世界第2位の設置数となっています。それでも実際に街中で水素ステーションをみかけることはほとんどありませんよね。残念ながら現時点ではまだまだ途上いうレベルです。

 それでもBMWはここにきて燃料電池車の開発を進めていると大々的に発表しました。BMW AGのオリバー・ツィプセ会長にインタビューする機会があったので燃料電池車の戦略について伺ったところ「いまこそ燃料電池ポテンシャルを示す時です」とのこと。 

燃料電池車のBMW iX5 Hydrogen。X5をベースに水素タンクや燃料電池を搭載したテスト車両である。このまま発売する予定はないとのこと

 EVに関わる技術の急速かつ飛躍的な向上によって、まったく同じパワートレインが使える燃料電池車のコストが以前よりも抑えられるようになったことがひとつ目の理由。さらに、EVの充電器はクルマにしか使えないが、水素ステーションはクルマ以外の船なども共有できる。

 アントワープでは実際、タグボードなどが燃料電池を使っている。そして褐炭と呼ばれる質の悪い石炭(=安価)から水素を作る実証実験が始まっていて、その埋蔵量は莫大であること(*日本では川崎重工などがすでにそのプロジェクトに着手している)。それらの事実により、BMWは燃料電池車の開発を本格的に開始したそうです。

テスト車はX5ベース

 

室内はX5とほぼ同じ。燃料電池車であることを示すため、随所にブルーの化粧が施されている

 試乗車はBMW iX5 Hydrogenという車名のテスト車両で、X5をベースに仕立てられています。燃料電池をボンネット下に置き、水素ボンベはセンタートンネルと後席の下に配置、リヤにはiXのモーターと駆動用バッテリーをレイアウトして後輪を駆動。BMWはトヨタと提携しており、その成果としてGRスープラとZ4が誕生したのはご存知の通りですが、この燃料電池のセルの部分はトヨタMIRAIのそれを共有しているそうです。その他の部分はすべてBMW独自開発とのことでした。

 ノーマルのX5にはPHEV仕様もあってEVモードが選択可能ですが、このiX5の乗り味はX5のEVモードとほとんど変わりません。リヤモーターは約400psの最高出力があるので十分にパワフルかつスムーズな動力性能でした。テスト車の航続距離は約500km、最高速は185km/h、0-100km/hは約6秒、そして水素充填時間は3~4分と公表されています。

化粧カバーに覆われているのでまるでエンジンを積んでいるようだが、この下に燃料電池が収まっている。セルの部分はトヨタMIRAIと共有である

 いまの自動車メーカーに求められているのは、先行きが不透明な未来に対していかに多くの選択肢を用意できるかで、BMWは燃料電池車という選択肢をひとつ増やそうとしているわけです。インフラや水素調達の問題が残っているとはいえ、もしこれらがクリアできたら、燃料電池車は「4分以内で満充電できるEV」のような存在として脚光を浴びる可能性があるのです。