この造り手のワインを、造り手も輸入者も「典型的なボルドーワイン」というのが、ちょっとびっくりだった。来日したメドック地方のワインメーカー、シャトー・ルデンヌのブランドCEOにして醸造責任者 フィリップ・ド・ポワフェレの話から見える、最近の「ボルドー」。

シャトー・ルデンヌとは? 来日の理由

ワインメーカーの来日イベントもようやく戻ってきた2023年。シャトー・ルデンヌのブランドCEOにして醸造責任者 フィリップ・ド・ポワフェレが久しぶりに来日した。2017年ごろから、殺虫剤、除草剤の使用をやめてゆき、2019年からオーガニック農法を開始。その頃、フィリップ・ド・ポワフェレは、日本のメディアの前に現れた。それから3年間、それを続けたことで、2022年にオーガニック認証を取得。しかし、パンデミックの影響で、シャトー・ルデンヌにとっては重要なマーケットである日本でのイベントはない状況で2023年を迎えた。

シャトー・ルデンヌは文字通りシャトー。醸造所の周囲に自社畑をもつボルドーのワイナリーだ。ジロンド川に対して西側、つまり左岸の、地域区分的にはメドックに位置していて、それはオー・メドックではない、格付けシャトーなんかが話題にならないメドック。伝統的にバリューフォーマネーな産地のワイナリーだ。

ピンクのシャトー

1670年に建てられたシャトー・ルデンヌのワイナリー(シャトー)は、当時も今も、ピンク色の外壁で知られる。ジロンド川にとても近いうえに、河口のそばなので、港を持っている、というのもこのシャトーの特徴。また、1880年に白ワインを造り始め、それでメドックで最初に白ワインを造ったワイナリーと言われていて、いまも、赤・白両方を造っている。

畑からジロンド川までは、とても近い。自社クルーズ船もあり、シャトーでは宿泊&船ツアーも準備中

日本には古くから輸入されていて、輸入者は30年間アサヒビール。とても長いパートナーだ。一方、シャトーのオーナーには変遷があり、1875年からの所有者で港を作ったのが、英国のギルビー家。その後、コニャックの「カミュ」、そして2022年に投資家のグアッシュ夫妻の手に渡り、フランス人による家族経営となった。英国人オーナー時代にイギリスで評価されるワインになる、という重要なブランドの地固めがなされ、カミュのお陰でいまも空港で販売している。かつてのオーナーとの関係は良好だという。

そして、パンデミックによる移動制限が一段落したことと、オーナーが変わったことが、今回の来日のきっかけとなったのだった。

新オーナーのグアッシュ夫妻(左)とフィリップ・ド・ポワフェレ(右)。場所は長らくシャトー・ルデンヌを提供している東京 神田の「山の上ホテル」の「てんぷら山の上」

飲んでみる。典型的ボルドーとは?

今回の来日イベントで味わうことができたのは、白が2018年と2019年の2種類、赤が2016年と2017年の2種類と非常にシンプルだった。そもそも、たくさんの種類のワインを造っているワイナリーではないので、日本での販売も白・赤、2種類だけ。現在発売中なのは白が2018年、赤が2016年。これが今後、それぞれ2019年と2017年に切り替わっていく予定だ。

このシャトー・ルデンヌのワインはアサヒビールも、フィリップ・ド・ポワフェレも「典型的ボルドー」と評する。

「それって、なんか褒めてなくない?」

ワインは個性が評価されるのではないか? シャトーのホームページには132ヘクタールの自社畑があると書かれている。メドックのワイナリーの平均は13haくらい、とされていることに照らせば、規模は大きい。そのうえで高級ワインの造り手ではないし、老舗だから「個性あふれる新時代のボルドー」とかいった存在ではないにしても、だからって、なんだか量産品で無個性なワインみたいな、失礼な言いっぷりじゃないのか?

と、飲んでみたら、これが「典型的なボルドー」だった。とりわけ、2017年の赤は、笑みが漏れるくらいに「ああ、ボルドー!」

あるいは「やったー!ボルドー!」のほうが正しいかもしれない。

価格帯は赤も白も3000円付近。それでこの品質は「競争力がある」と評したい。

とりわけ印象的な2017年の赤でいうと、ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンらしい、薬草っぽいニュアンスが入り混じりながら、よく熟したメルローに由来するであろう濃密な香り、なめらかなタンニンが包み込む、しっかりとした骨格を形成する酸、苦味を伴い旨味があとをひく余韻。アルコール度数は13度と2017年はやや低いらしいのだけれど、不足ないどころか十分にパワーがある。さすがに味わいに濃密な凝縮感を求めると、この価格帯では荷が勝ちすぎるかもしれないけれど、その分、テーブルワインとして、あくまで食事を主として、それを塗りつぶさない謙虚。その上、不純なものが添加されている印象がない。あくまで、素材はナチュラル、というのが伝わってくる。多分、飲みすぎても翌日、だるくなったり、頭痛がしたりしづらいはず。

これがやりたくて「典型的ボルドー」というのだったら「ありがとう」としか言えない。

なにせボルドーは世界最大のワイン産地だ。しかもボルドー系ブドウ品種は世界中で栽培されていて、ボルドー風ワインは世界中で造られている。もっとも愛され、選びがいがあるワインのスタイルである一方、迷子発生確率も最高値。そのボルドー系ワイン界において、ザ・ボルドーを飲みたかったらこれを買えばよい、というのは、実に「助かる」。

新品種採用はありか?温暖化するボルドーで典型的であること

辛口の白ワインは、ボルドーのイメージがない人もいるかもしれないけれど、ソーヴィニヨン・ブランを主体にセミヨンをブレンドするシャトー・ルデンヌのそれは、伝統にして「典型的ボルドー」スタイル。最近の個性メキメキなソーヴィニヨン・ブランとセミヨンしか知らない人だと「え? それを混ぜるの?」なんて思うかもしれないけれど、「これがボルドーのブレンドでしてよ」と、優美な声が聞こえてくるような、すらりとして品格がある白ワインだ。

赤・白ともにラベルは分かりやすい。LOUDENNE(ルデンヌ)の上にあしらわれているバラがトレードマーク

ワイン単体で飲むと、そこまでヴィンテージの個性は強く感じないかもしれないけれど、今回はてんぷらとのペアリングで、特に、苦味のある野菜や魚介との組み合わせで比べてみると面白い。2018年は、苦味や臭み、といった、ともすれば料理のネガになる要素をさっぱりさせるスタイル。一方、2019年はむしろそれを美味しく広げていくタイプ。

とはいえ、それは比べてみれば、という程度の差としていいだろう。もっと大事なのは、シャトー・ルデンヌは、品種の個性とか、畑の個性とか、醸造家の個性とかいったものを優先させていない、という感覚だ。造りたいのが「ボルドーらしいワイン」と明確で、そのために必要なのが、ボルドー伝統品種であり、そのボルドーらしい醸造とブレンドなのだと感じる。実際

「ワインは、こういうワインにしたいというところが見えていればいい。それが明らかならば、そのために必要なブドウとはなにか、自ずと明らかなはずだ」

と、フィリップ・ド・ポワフェレは言う。

しかし、それが容易ではないから、シャトー・ルデンヌのワインを飲むとガッツポーズを出したくなるのだろう。

とりわけ、2018年、2019年は暑い年だった。世界の温暖化問題は、暮らしにおいてよりも、農業において、より顕在的で、ワインの原料のおよそ100%を占めるブドウは、ほんの1℃、2℃の温度の違いで、春が暑いとか寒いとか、例年と違うタイミングで雨が降ったとか、そういうほんのちょっとの気候変動で、たやすく味わいが変わってしまう。そうすれば、ワインは、望まず典型を外れ、望まず個性的になることは十分にありえる。

シャトー・ルデンヌの畑は、ジロンド川、そして大西洋にほど近いことが幸運に働いているという。他のメドック、あるいはボルドーより、冷涼な風に恵まれ、気候変動の被害を受けづらいのだ。一方、ボルドー全体では、温暖化環境に対応した品種を採用するべきでは?という議論の果てに、2021年に、赤4品種、白2品種があらたに導入されたばかり。

「私は、他産地のブドウをボルドーに持ってくるのには、まだあまり賛成していません」

とフィリップ・ド・ポワフェレは言う。

「現在のボルドーのブドウ樹は、そもそも寒冷な気候で、よく熟すように選別されたものです。それ以前のブドウ樹は、ある程度、温暖でないと熟さなかった。であれば、今は、後者のブドウを採用すれば、品種まで変える必要はないかもしれません。また、畑のなかに緑地をつくる、植樹方向を変える、など打てる手はまだあるはずです」

シャトー・ルデンヌでは、ブドウ樹の植え替え、卵型コンクリートタンクの導入、醸造所の改築、と攻めの姿勢を続けているという。

「今だって、こんなにボルドーらしいワインを私たちは造れているのです」

シャトー・ルデンヌはこれを、オーガニック栽培という、いざというときにも化学薬品に頼れない、ブドウ頼りの条件を自らに課しながら、3000円程度で日本でも販売できる「テーブルワイン」としてやり遂げている。

典型的であることの矜持を感じずにはいられない。