文=細谷美香

始まりは一枚のドレス

 心ときめく洋服やジュエリーが、生活に張りや潤いをもたらしてくれることがある。それがもしも人生を変えてしまうほどの運命的な出会いだったら——? 

『ミセス・ハリス、パリへ行く』は、一枚のドレスに一目惚れをして、冒険の旅に出た未亡人の物語だ。舞台となっているのは、ロンドン。第二次世界大戦で夫を亡くし、家政婦として働くミセス・ハリスは、雇い主の寝室のクローゼットで世にも美しいクリスチャンディオールのドレスを見つける。一瞬にして目も心も奪われた彼女は、そのドレスを手に入れるためにパリに行くことを決意するのだ。

 家政婦として働くハリスが500ポンドもするドレスを購入しようとするなんて突拍子もない発想に思えるけれど、彼女は仕事を増やし、節約をして資金を貯めるために奮闘する。懸賞やドッグレース、友人たちの粋な手助けもあり、ついにパリへ。ここから先は、慎ましくて心優しくどんなときも前向きに人生を歩いてきたハリスの人柄が、思いがけない扉を開けていくことになる。

ディオールで働くマネージャーを演じるイザベル・ユペール

 庶民には遠い存在のディオールのドレスだが、セレブリティたちが身に纏うオートクチュールの世界の裏側には、デザイナーの理想を形にするべく地道に働くお針子やモデル、会計士がいて、威圧的なマネージャーにも事情と暮らしがある。ハリスの曇りのない善意や親切がつながり、みんなと心を通わせていく過程にじんわりと心が温かくなる。