マセラティが16年ぶりに放つ世界最高峰の運動性能を備えたクーペ『MC20』。そのオープントップバージョン『MC20 チェロ』は2022年5月に日本価格3385万円で予約受付を開始した。

クーペを選んじゃったけどコンバーチブルが気になるあなたや、コンバーチブルを選んだけれどクーペにしておいたほうがよかったかな?ともやもやしているあなたのために、両方試乗した大谷達也氏が、2023年春からのデリバリーに先駆けて、チェロの魅力とクーペとの差を解説。

チェロはCielo。空を意味する。
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タルガ・フローリオの王者がシチリアに帰る

 イタリア・シチリア島で、マセラティ『MC20 チェロ』に試乗した。

 シチリアは、マセラティにとって忘れがたい場所である。

 1906年に初開催された「タルガ・フローリオ」は、シチリア島のマドニエ山地などを舞台とする公道レースで、安全性の問題から1977年に幕を閉じるまで、世界でもっとも有名なスポーツカーレースのひとつとして知られていた。

 設立当初よりモータースポーツ活動に熱心に取り組んでいたマセラティは、この難攻不落のレースで1937年から1940年まで4連覇を達成。タルガフローリオの歴史に金字塔を打ち立てたのである。

 今回の試乗会ではタルガフローリオで実際に使われたコースを走ったわけではないが、マセラティがシチリア島を公式に訪れることに深い意味があったことは間違いないだろう。

屋根を外すためにマセラティはここまでやる

 MC20チェロは、マセラティが16年振りに市場に投入したミッドシップスポーツカー『MC20』のコンバーティブル版だ。しかし、彼らは単にルーフを切り落として開閉に必要な機構を追加しただけでなく、デザインや機能をていねいに見直すことで、マセラティらしい完成度のコンバーティブル・ミッドシップスポーツカーを作り上げたのである。

 ここでマセラティのデザインチームが集中的に取り組んだのが「ルーフを開いたときの見え方」だった。

 ルーフを閉めていれば、フロントウィンドウとリアウィンドウの間をルーフが埋めてくれるので、スムーズなサイドビューを生み出すのは難しくない。しかし、マセラティのデザイナーたちは、ルーフを開いた状態でもフロントウィンドウとリアウィンドウがなだらかにつながっているデザインを追求したのである。

 このために、クーペでは直立(もしくはわずかに後傾)していたCピラーを、前方に向けて突き出しているような形状に変更するとともに、フロントウィンドウの直後でルーフを切り取る位置を、フロントウィドウで立ち上がったラインが水平近くまで寝た部分に設定。こうすることで、たとえルーフが開いていてもサイドウィンドウ周りにぐるっと1周つながった楕円形が生まれるように工夫したのだ。

 いっぽう、クーペでリアウィンドウとされていた部分は、オープン時に格納したルーフを覆うトノカバーに置き換えられている。このトノカバーには、シートのヘッドレストから後方に向けて伸ばされた「ふたつの峰」が設けられているが、この部分からリアフェンダーにかけての曲面をなだらかでシンプルなものにするため、リアフェンダーの頂点付近を3〜4cmほど高める処理も施された。

 ここまでデザインの細部にこだわる自動車メーカーは、決して多くないはずだ。

外さなければハイテクルーフ

 ルーフ自体にも特徴的な技術が採用されている。

 MC20チェロはグラスルーフが標準装備となるが、このガラス部分にポリマー・ディスプレスド・リキッド・クリスタル(PDLC)と呼ばれるテクノロジーを採用。スイッチひとつでクリアな状態と曇りガラスのような状態を作り出せるようにしている。

 今年5月に行なわれた発表会では、PDLCは基本的にエレクトロクロミックと同じ説明されたが、実際にはまるで異なっている原理を用いていることが今回、判明した。

 一般的なエレクトロクロミックは、電圧をかけると色が化学的に変化する物質を用いているのに対し、PDLCはいわば液晶素子で、電圧をかけることで物質内部の分子配列に変化が起こり、光の通過の仕方も変化する仕組みを活用している。スイッチのオンオフにより、ルーフの色が変化するというよりも「磨りガラス状」と「透明なガラス状」の間をいったりきたりするのは、これが理由らしい。

 また、PDLCは一般的なエレクトロクロミックに比べて反応速度がミリセカンド(1/1000秒)単位と圧倒的に速いことも、その特徴のようだ。

選ぶべきは屋根ありか屋根なしか?

 シチリアで試乗したMC20チェロの印象は、クーペ版のMC20とよく似たものだった。

 まず、スーパースポーツカーとしては異例に長いサスペンションストロークを生かし、路面からの衝撃を巧みに吸収する乗り心地のよさは、基本的にクーペと共通。また、足回りがもっともソフトになるGTモードでは、不快にならない範囲でピッチング(前後のサスペンションが交互に上下する動き)を起こしていたものが、スポーツモードではよりフラットな姿勢を保つように変化する点も大きく変わらなかった。

 これだけ快適性重視の足回りでありながら、ワインディングロードでの走りを思い切り楽しめるのもMC20の特徴のひとつだが、この点でもクーペとチェロに決定的な違いは見出せなかった。むしろ、一般的なピュアスポーツカーに比べるとハンドリングは穏やか、かつ安定感の優れたもので、乗り始めた直後から自信を抱けるタイプといえる。

 F1由来の副燃焼技術を採用したネットゥーノ・エンジンの鋭いレスポンスも基本的にクーペと同じ。ただし、GTモードに限っては、発進時のマナーをややマイルドにすることで、クーペ版よりスムーズな発進を可能にしたという。クーペに乗ったことのあるドライバーであれば、この違いをたちどころにして感じ取ることだろう。

 肝心のオープントップは、ルーフとフロントウィンドウ側の間の切れ目が、ドライバーの頭上よりもかなり前方に位置しているために開放感は良好。その割に風の巻き込みが少ないのは、エアロダイナミクスをていねいに磨き上げた恩恵と推測される。

 試乗当日、シチリアには熱い陽射しが照りつけていたが、ガラスルーフを磨りガラス状にしても透明な状態にしても不思議と暑さは感じなかった。おそらく、ガラスルーフそのものに熱線を吸収する機能が備わっているのだろう。

 優れたパフォーマンスを備えるいっぽうで、エレガントな美しさと高い快適性を備えたMC20は、ドライビングだけを純粋に追求するピュアスポーツというよりは、多彩な時間の過ごし方が楽しめるグランドツアラーの要素が強い。それゆえ、私には、クーペよりもチェロのほうがMC20本来のコンセプトにマッチしているように思えた。